愛のロボット(部分改訂)

  • 2017.05.23 Tuesday
  • 17:18

今日の花:マツバボタン

 

 

 

最近の読書

 

 

みなさま息災でお過ごしでしょうか。
龍索堂も妻も、地球と日月星辰の加護をいただいて、
平穏に暮らしています。


交通事故で左足をひかれた息子君は、
手術も無事に終わり、松葉杖を使ったリハビリ中です。
不自由が残るとはいえ、左足がそのままで息子君はラッキーでしたが、
加害者君はどうやら真摯な方のようで、
息子君以上にラッキーでしたねwww


最近は、土日仕事のサービス業に転職したので、
青少年健全育成の奉仕活動も、
愛魂柔術のお稽古も休んでいます。
青少年健全育成の奉仕活動はともかく、
お師匠様のご尊顔を拝することができずに、
まことに残念でなりません。(T_T)


でもダイジョウブ。
龍索堂は、今までにない新しい夢を見ているんです。
ひとつは新しい仕事。
もうひとつは・・・秘密です。www


龍索堂は、今まで沢山の本を読んで知識を得てきました。
霊的指導者の伝記、オカルトの技法、運命学、心理学、整体技法、栄養学、類型分類学等々。
また沢山の仕事も経験してきました。


龍索堂の知識と経験に触れた人たちは皆、
初めは対等に近い立場でいろいろと聞いて参考にするのです。

しかし、私を雇った経営者たちは、
数か月も経つとそれに飽きてしまい、
他の従業員と同じように、上から目線での奴隷扱いを始める。
龍索堂の出会った経営者は、そういう人が多かったんです。


結局のところ、企業の新しい未来を創るのではなく、
昨日までの業務を少しだけ変化させるために、
毛色の変わった奴隷が欲しかっただけなのかもしれませんね。


九星術で言うと、龍索堂を使おうとした経営者は、
五黄土星、二黒土星、八白土星の人が多かった。


かれら土星の性格は、一様に泥臭いのです。
だから、輝いて見える完成された六白金星や九紫火星にいつもあこがれている。
けれども、強力なバイタリティーを発揮しても、金を払っても、
実際にはそれに変わることも、身に着けることもできないんです。
ここに土星が常に抱えるジレンマがあります。


彼ら土星生まれの多くは、
「新しい知識や他の業界の合理性を取り入れて改善しよう」と口では言うんです。
しかし、実際は一時的なサルマネで終わってしまうことが多い。

 

実際のところ、合理性や改善変化を受け入れられる人は多くないんです。

“爺さん婆さんたち、お前たちのやり方は古くて甘いんだよ!!”
と言いたいところですが、
傍目から見れば、龍索堂自身が老境に入っていますので、
(気分は中学生なんだけど)じつにおかしな話です。www


それだから、知識と経験を秘かに行ったり、
個人的に伝える事はあっても、
職業の中で具体的に活かす機会はほとんど無かったんです。
というより、龍索堂の得た知識や経験を必要とする経営者には出会わなかった。
おそらく“目の前の儲けにつながらない”と思われたんでしょうね。

 

身心の不調の原因や健康、家族や子孫繁栄は、
いつの時代、誰にとっても、儲け以上に重要なことなのにね。

 

だから土星の人たちを、当人が気づかないように、
陰から支えた事は、数えきれないあるのだけれど。

 

 

目先の利益を得るための徹底的な合理性の追求が良いとは思えない。
けれども、公私混同のドンブリ勘定や変化する社会を無視した、
新しい取り組みをしない昔のままのやり方が良いとも思えない。

要はバランスだと思うんです。

 

利益や合理性追求だけの経営、
家族的経営のどちらにも偏り過ぎてはいけない。

 

しかし現実には、生き残りの方策として、
高い顧客満足度を得た結果として利益を得ることを声高に言う成功者達がいて、それらがもてはやされている。
それはそれで間違いではありません。

 

しかしながら、どういう成功体験であろうとも、
それらは一時的な仮説でしかないんですね。(*_*)

 

 

けれども、それよりは、
現在勤務している従業員の
勤務条件における満足度を上げる方が、
組織を存続させる取り組みとしては
優れていると思うんです。


ところが、従業員が給与や勤務状況に満足していると
勤続年数が伸びて、高い給与、高い賞与を支払わなければならない。
だから、それをさせないために、
あ・え・て・従業員の平均年齢を下げる取り組みをしたり、
社会保険料の企業負担を減らすために、
パートやアルバイトなどの期間従業員を増やしたりしていますが、
我々は、低賃金に甘んじて何十年も同じ作業を行うだけのロボットじゃない。
(従業員全体の8割は、常に命令された作業だけを行いたいと思っていることも知っているけどね・・・)


 * * *

 

<人間はロボットよりも幸せか?>

アイザック・アシモフが「夜明けのロボット」、「ロボットと帝国」で記したように、
ロボットが人間の感情や愛を理解できるのは時間の問題と龍索堂は思っています。


 

 

そして、そう遠くない時代に、

ロボットがロボットを創造し始めると、

やがて、人間が創造主であることを知らないロボットが生まれるのでしょう。
その頃には、ロボットたちも人間と同様に、
悩み苦しみ、また幸福について考えることと思います。
そう遠くない未来において、
ロボットたちが、人間と同様に悩む時代が必ず来る
龍索堂はそう信じているんです。
とうぜん、人間とロボットの境界は限りなく0に近づきますね。
これは、ジェイムズ・P・ホーガンによるSF小説
『造物主の掟』(ライフメーカーのおきて、原題 Code of the Lifemaker)
のテーマです。
ロボットたちが「感情」や「愛」を知ったとき、
人間社会はいったいどうなるのか?
とても面白いテーマです。www

 

これからの人間とロボットが共生する社会の究極は、

【1】ロボットに人間としての生き方を指導してもらうようになる。(ロボットに支配される)

【2】感情を持ち夢を見るスーパーロボットさえも支配できる超人が現れる。

これら以外はあり得ないでしょう。

 

ロボット工学者たちは、

R・ジスカルド・レベントロフや、

R・ダニール・オリボーのようなスーパーロボットを

早く創り上げてくださいね。www
 * * *
「置かれた場所で咲きなさい」

保江邦夫先生の名誉母親である故シスター渡辺は、

「置かれた場所で咲きなさい」とおっしゃられました。
置かれたのは自分で、置いたのは神様というわけです。

 

もちろん、置かれた場所が気に入って耐えきれるのならそれで良い。
けれども、
『置かれた場所は地球上なんだから、どこで咲いてもいいじゃないか』
『嫌な生活や、身心が壊れそうなほど辛い生活や職業からは逃げても良いじゃないか』

と龍索堂はちょっとアマノジャクに思うんです。
だって自分の人生なんだもの。


常に他人の視線や評価を気にするのは、
人間が生まれつき持っている社会性とはいえ、
現代都市生活者の持つそれは、
親や教師が(自分たちはその意味も知らずに)子供たちに埋め込んでいる洗脳が多いんだから。

他人の視線ばかりを気にして、
常に何かや誰かに怯える必要はどこにもないんです。
だから、風に舞う一粒の種のように、
気ままに暮らしてみるのも悪くはないはず。


<仮に神様や創造主がいるとして>

宇宙や惑星や動植物や人間を創造した瞬間に、

今日、わたしたちが知る様々な宗教的戒律をも

創造したのでは無かったわけだから。

『ほとんどの宗教的戒律や倫理や道徳や主義や思想は、

宇宙創造から数十億年後(歴史的に見ればつい一昨日くらいの期間)に出来た後・付・け』です。

お〜っと、これ以上詳しく言うと、どこかの誰かに狙われてしまいます。(**)

いつもお越しくださる方々ならば、この意味するところが分かるでしょう?www

 

 

じっさい、身心がくたびれ果てている人にとっては、

いばや通信の坂爪圭吾さんが記す々の言葉が、

心の奥に響く人も多いんじゃないかな。
彼の言葉は、まるで高僧のように秀逸です。
多くの人が、彼のように、<何もない幸せ>を感じることができれば、
日本からもっと自殺者が減るのに・・・。
 * * *

龍索堂は、この記事を、

単身赴任先のネットカフェのマッサージチェアの上で記しています。
(最近、立ち仕事や草むしりがハードで身体にこたえるんです)
それに、単身赴任先のアパルトマンには、テレビも新聞もPCも無いwww

そして読書も映画もDVDレンタルもしなくなり、

思考を使わない生活を始めたら、

なんだかとても違和感を感じます。

その反面、毎日まいにち、処理できないほどの
重商主義の洗脳情報を見聞きしないのはとても良いことです。

 

国営放送が宣伝をして、みんなが騒いでいる北方ミサイル発射ショーは、
日本や韓国が高額な軍事防衛システムを※国から買うのと同時に、
な_ぜ_か_飛んで来なくなりますから、心配はありませんよ。

だって、もし秘密の約束を間違えて一発でも日本列島に届いたのなら、

その数分後には北国は壊滅してしまうんだからwww

 

 

それよりもオイラにとって残念なのは、
笑顔の妻と共に、日々の夕食をいただけないことです。(T_T)

それを叶えるためにも、がんばって新しいを夢を見続けて、
この世界に物質化しなければwww。

【 息子よ、この大宇宙は意識である。
意識によりこの夢が生まれ、
夢は一部が物質として目に見える。
おまえがすべての果てに到達したとき、
新しい始まりと続きをおまえの意識が開くのだ。
無から、新しい、美しいおまえが誕生する。
おまえとおまえのほとばしる希求、魂と夢を映しながら、
私の息子よ、おまえは無限であり永遠、
おまえの内に創造の夢がある 】
アナスタシア ロシアの響きわたる杉シリーズ 6巻
「一族の書」61頁より引用

 

みなさん、自分や他人を損ねたり破壊する悪夢ではなく、
他人も自分もみんながハッピーになる夢を見て、
その夢によって物質を創造して
楽しい人生を過ごしましょう。

夢見るのは、タダなんですから。

それに、とうぶんの間は、

人間のように愛のエネルギーと共に夢を見るロボットは

創造されないでしょうから。wwwww

 


以上、龍索堂の近況報告でした。

 


いつもお訪ねくださる方々、
時々お訪ねくださる方々、
お訪ねくださってありがとうございます。

 

アヴィ・アヴィタルがマンドリンで弾く、

バッハ:ハープシコード協奏曲第1番ニ短調 第1楽章

を聞きながら、皆様の息災と繁栄と安寧を祈ります。

 

 

 

聞き比べをしたい人は、コチラ↓
J.S Bach: Harpsichord Concerto No.1 in D minor BWV1052 Allegro -
バッハ:ハープシコード協奏曲第1番ニ短調 第1楽章

お久しぶり

  • 2017.05.07 Sunday
  • 23:23

ヒメヒオウギ

 

 

 

最近の読書

 

 

みなさま息災でお過ごしでしょうか。

龍索堂も妻も相変わらずの生活を・・・

と言いたいところですが、とんでもない!

この一か月間は、10年にいちどあるかどうかの、

大いに変化のある日々を過ごしていました。

 

龍索堂は、新しい仕事場に行くようになりました。

高速道路で1時間をかけて自宅から60kmも離れた職場へ通っています。

 

「龍索堂ちゃんのような物知りなら、名古屋市内のどこにでも勤め口はありそうなのに」

と義兄が言ったようですが、有名大学卒業ではなく、

たいした社会実績もない高齢者には、

キツイ、キタナイ、キケンな仕事や、

サービス業界しか雇ってくれる企業は無いんですね。(T_T)

 

新しい職場は三河湾の見える、

人口8万人の田舎のビジネスホテルです。

実は30数年前、経営者の知人に地元で一番良い名前を付けさせたのがオイラ。

つまり龍索堂がゴッドファーザー(名付け親)なんです。

 

当初はキレイでしたが、

新館を増築してから10年も経つので、

あちこちが傷んできています。

特には、植栽と駐車場の端やアスファルトの裂け目に生えた雑草が

みすぼらしさを増している。

これはヒドイ!!と思ったので、初日から休憩時間に草むしりを始めました。

 

なにせ300坪もある敷地ですから、一通り終わるまで一か月もかかったんですが、

今では、ズイブンとキレイになりました。

 

「そうじ」「あいさつ」「でんわ」で再生した川六のホテルのように、

都心部はともかく、田舎のビジネスホテルは、

見た目が1番肝心ですからね。

 

 

 

龍索堂は、しばらくしたら、平日は単身赴任をしなくちゃいけないので、

そろそろ準備をはじめようと思っているところです。

 

それにしても難儀をしたのが、長年デスクワーク中心でしたので、

一日中立ち仕事に変わってから身体が、特に足腰は悲鳴を上げていました。(*_*)

現在、サービス業界人たちの苦労を身を以て体験しているところです。

 

ホテル業界も、少子化のあおりを受けて大きな転換期に差し掛かっています。

団塊の世代が若い頃、一泊の研修旅行が流行り、

大勢の会社員団体が大挙して押し寄せた時代が過ぎた為、

その時代に合わせた建物構造やサービス提供は、

とっくの昔に時代遅れになってしまっている。

 

結局のところ、現在では二極に分化しつつあり、

集客の多い勝ち組、

「スーパーホテル」のような合理的な都市型ビジネスホテル。

「星野リゾート」のような個性的で意外性に富むリゾートホテル。

「大江戸温泉物語」のようなテーマパーク型ホテル。

そしてそれ以外の、集客の少ない負け組に大きく分かれています。

 

また、日本の観光業界そのものが、外国人観光客に依存しなければ、

生き残れない時代になっている。

それに加えて、若者がサービス業界のきつい仕事に耐えられず、

高齢者や在日外国人留学生によるバックヤード支援がなければ、

運営そのものが立ち行かなくなっているんです。

まるでコンビニエンスストアのようですね。

 

そして、多かった中国人観光客も近年減りつつある、

とツアーガイド達は言います。

この点でも、どこにでもある、ありふれたサービスでは、

観光客を引き付けることが難しくなっています。

 

余所と同じこと、昨日と同じことを明日も続けるのでは、

誰からも見向きもされなくなるのは、

昔から当たり前のことなんですが・・・。

 

 * * *

 

そういえば、4月に息子が交通事故に遭いました。

駐車場から出てきた車に、左足首と膝部分を引かれたんです。

当たり所が悪ければ粉砕骨折で、左足切除でしたので、

足首の部分損傷と、膝の靭帯剥離骨折で済んだのは、不幸中の幸いでした。

先週、手術も無事に終わって、現在は松葉杖で歩くリハビリ中です。

 

でも、“本当に運が良かったのは、相手かもしれないな”などとも思うんです。

もし息子の左足切除なんて状況だったら、

キッチリ落とし前をつけてもらうことになるから。

いえいえ、オイラは裏稼業の人間じゃないので、

具体的に物騒なことはしませんよ。www

 

本当に怖いのは、龍索堂夫人の方です。

彼女が狙いを定めて特定の人の不幸を願ったら・・・

それはただじゃ済まないので、コワイですよ。(*_*)

 

日本のインド系密教行者の多くが唱える真言陀羅尼:マントラの最後には

たいてい娑婆訶:ソワカ(スヴァーハー)の言葉が付いているのですが、

これは、古代インド神話に登場する火の神アグニ神の妻の名前です。

火神アグニよりも、アグニの妻スヴァーハーに祈ると効験が早く叶えられるという伝説も、

あながち間違いではありませんね。www

(ホーマ:密教行者は、外護摩・内護摩のいずれにしても

燃える護摩の火炎によって神々に祈りを届けるので、

火神アグニを通さないと祈りは叶えられない)

 

祈りを運ぶ女神

般若心経の最後 「ソワカ」の漢字は 僧莎訶

 *  *  *
そんな事がいろいろあって、とても多忙な一か月でした。

 

この間、読書できたのがたった1冊。

それがアナスタシア リンギングシダーシリーズ6巻『一族の書』でした。

これは新記録です。

30数年間、こんなに読書しなかった時は、

記憶にありませんから。www

 

著者のウラジーミル・メグレ氏も記す通り、

私たちの生きる社会は、それが民主制、共和制、共産制、独裁制いかなる政治形態であっても、

貨幣が中心(通貨発行権を持つ金融機関が世界中の人々を支配している)という点では、

人間として生きる上で根本的に間違っていると思うんです。

 

私たちは、

わずかな小銭を得るために、望まない仕事に就き望まない職場に行かなければならない。

わずかな紙幣を得るために、人生の大半を企業に奴隷として属さなければならない。

そんなことを生まれてから死ぬまで繰り返し続ける。

そしてすべての教育機関は、その下請け工場として労働者見習いを教育している。

まるで、意志を取り除かれた大量のゾンビを生み出すように。

 

日本はアジアの周辺国に比べて少しは良い国、と思う人もいるでしょうが、

残念ながら、選挙制度を持たない政治形態の北朝鮮や中国を笑える人はいません。

自由意志があると思い込んでいる洗脳されたゾンビが、

隣国の自由意志を持つ事を許されないゾンビを笑うことこそ、

滑稽な話以外のなにものでもありませんね。

 

 * * *

 

「大宇宙は意識である。意識によりこの夢が生まれ、夢は一部が物質として目に見える。

息子よ、おまえは無限であり永遠、おまえの内に創造の夢がある。」

 

アナスタシアシリーズでは「創造主がアダムに言われた(と記されている)」ように、

龍索堂は、これからも新しい夢を見ようと思います。

 

「残り少ない人生の高齢者が、いまさら何を夢見るのか?」と思う人もいるはず。

また、創造主や神や仏を信じない思想や主義の人もいる。

人生は死んだらそれでお終いと考えている人もいる。

 

しかしながら、どういう思想や主義主張を持っていてもかまわないので、

ぜひ一度「一族の書」、または「共同の創造」を読んでください。

 

そこに記されているのは、

私たち現代社会の人間が二千年前に失ってしまった、

尊い物が記されています。

 

これについて龍索堂は多くを語りません。

なぜなら、私も世界中の人と同じように、

洗脳され眠ったままなのですから。www

 

 

龍索堂は、また読書ができる時間が持てるようになったら、

記事を更新したいと思います。

ずいぶん先の事になりますから、

頻繁に訪ねて来ないようにして下さいね。

 

 

では、皆様、お身体にご自愛の上、

楽しい人生を過ごしてください。

 

 

いつもお訪ねくださる方々、

時々お訪ねくださる方々、

お訪ねくださってありがとうございます。

 

 

EQUINOXE『軌跡』
 ジャン・ミッシェル・ジャール
 を聞きながら、
 皆様の息災と繁栄と安寧を祈ります。

 

新しい春_加筆訂正

  • 2017.04.03 Monday
  • 00:16

 

皆さまは息災でお過ごしでしょうか。

龍索堂夫妻は、大地と日月星辰の加護をいただいて、

毎日気楽に過ごしています。(^^)v

 

 * * *

 

【最近の読書】

池田清彦先生です。www

 

 

 

 

 

最近、古い知人との関係の玉を小さくしました。

(人はそれを別れと言います)

また古い友人との関係の玉を磨きました。

(人はそれを温故知新、新たな出会いと言います)

 

「なんだ、そんなの毎日のことじゃないか」

と言えるのは、未来ある若い人だけなんです。

 

私のように年を経てくると、

新しい刺戟にも、新しい社会環境にも直ぐにはなじめず、

昔のままの生活を送りたいと願うようになるんです。

また、人間関係の玉も昔と同じように維持したいと願うんです。

(関係する知人もだんだんと減っていきますけどね)

 

そして「人間社会で起きることは、昔と大差ないな」などと思いながら自分を慰めている。

 

新しいファッション、新しい恋の歌、新しい科学技術、新しい暴力、新しい社会制度、

それらをよくよく掘り下げてみると、

実は、数十年前の昔のことを繰り返しているだけのように思える。

 

新しい素材は別にしても、ファッションの形は、

若い人たちは知らないだけで、30〜50年前にあった物のコピーに見える。

科学技術によるロボットだって、

アイザック・アシモフが1950年代から発表しているのが、

やっと現実になってきている。

 

本当の意味で、この世界に新しい物なんて無いんじゃないだろうか。

そう言ってる私の細胞も、10数万年前に生きていた

祖先たちのコピーなのです。www

 

 * * *

 

実は龍索堂、この3月末で仕事を変わりました。

正確に言うと、今の仕事をリタイアしたんです。

 

18歳からの転職回数は、なんと8回目。

西洋人なら別に大したことのない数ですが、

終身雇用が当たり前と思っている

龍索堂以上の年代の人たちから見ると、

こらえ性のないヤツと思われるでしょうね。

そしてそれは事実なんだからしょうがない。www

 

所属している会社や組織団体を辞める時は、

いつもある日突然のように見えるけれど、

当人は、その何か月も何年も前から、毎日のように考え続けている。

その間は、奴隷のように虐げられても

みんなと同じように真面目な顔をして服従しながら、

ひたすら耐えて仕事をしているわけです。

でも“どうしてもここは自分にとって合わない”と思い至るともうダメ、

そういう性分なんです。

 

自分と周囲の間にある

関係の玉を破壊することに快感を覚えてしまうのは、

月命が五黄土星だからかもしれませんね。www

 

人間は「未来が無い」と絶望した時に自殺を選択します。

私1人だけなら、そういう選択をしようと思ったことが何度もありました。

でも、妻のため、子供のため、姉のため、結局のところ自死には至れなかった。

 

会社も同じなんです。

「この会社組織の未来には、自分の居場所は無い」そう思い至った時、

男性は社会的な死である退職・転職を選択します。

女性は、未来を頭の中で思い描いていないので、

自らの意志で転職や退職を決めることは少なく、

家族の問題や、同性どうしの虐めや嫌がらせで辞めることが多いのです。

 

しかし遠い未来を思い描く男性は、

辞めるまでの期間(私の場合はだいたい1年ほど)

何度もなんども未来をシミュレーションしているんです。

 

未来を描く間、明るい希望の光が見えない時はとても苦しい。

家族にも親しい友人知人にも誰にも言えず、

仮に相談したところで、自分の置かれている状況を、

正確に理解できる人など何処にもいないから。

 

誰にでも10年に一度はそういう時期が必ず巡って来るのですが、

そういう時は、多くの場合、運期が下降しています。

あるいは、運期が上昇していても大凶の年で、第三者評価が低い時期です。

こういう低潮な時期を指して、一般には厄年と呼びます。

(しかし厄年が辛くない人もいます)

いずれにしても、凶、大凶の年回りには違いありません。

 

龍索堂は六白金星の年生まれです。

このグラフを見てください。

 

今年の年回り(左から3つめ)は大吉で良い年ですが、

運期が9年間でいちばんの谷底です。

数年前から、この谷底をめがけて、

運期の下降と共に周囲の第三者評価が下がっていたのです。

もちろん谷底に落ちる数年前から、

落ちた時のための準備や

それに対応するよう心掛けてはいたのですが、

残念なことに努力の甲斐はなかった。

 

こういう運期の波を知らなくても、

頑張っているのに高く評価されない時、

さぼっているのに高い評価を得る時があることを

不思議に感じたことが誰にでもあると思います。

それは運期の波の高低だけなんですね。

 

個人の努力や頑張りとか、

対前年実績などの世間的評価というのは、

薄っぺらな見方でしかないモノで、

当人の努力とは全く関係が無いことが実に良く分かります。

 

これは、負け惜しみではありません。

それを感じるほど若者ではないからwww

 

もし、こういう時期に仕事や家庭環境で苦しんでいる人から

運命相談を受けたのなら、

『運期の下降は今年の8月で終わるので、

あとわずか半年だけ、なんとか辛抱してください。

そうすれば、あと数年は上りになるので楽になりますよ』

とアドヴァイスします。

 

果たして、六白金星の龍索堂を

落ちた人として評価した会社、

これから上る人として評価する会社、

どちらに分があるのかは、

説明をするまでもありませんね。

 

何を言いたいのかって?

『運期が落ちきった人(=実はこれから上る人)の

数年後の未来を期待できなかった組織は、

当分のあいだ隆盛は難しい』

と運命鑑定者は判断するんです。

 

もし、これを読んでいる貴方が、

人を採用する立場や、人に評価を与える立場なら、

運期の谷底に落ちた人へは、直ぐに手を差し伸べるべきなのです。

なぜなら、彼らの運期は必ず直ぐに登るから。

 

そういう観点から見る時、

今まで数年間、運期が上がっていた人には高い地位を与えてもよいけれど、

高い年収を与えてはいけません。

これから数年は必ず運期が下がるから。

 

その反対に、運期の下り坂の人には敢えて高い年収を与える。

しかし地位はそのままで良いんです。

(数年後にはその年収に見合った分を稼いでくれるはずです)

 

ほとんどの企業や組織が、

過去に実績を挙げた人を高く評価して、

(=未来もきっと実績を上昇させ続けるだろうと予想して)

地位や年収を同時に上げるけれど、

実をいえば大半の人は、これから数年間、活躍できる人ではないんです。

多くの企業や組織では、これを知らないで人事を行って、

結果として組織繁栄の足を引っ張っています。

 

ですから、普通の人が、

過ぎ去った過去の実績を基準とした社内規程に基づいて、

正確な第三者評価を与えたつもりでも、

未来予想は、その反対の結果をもたらすことになる。

過去の実績を中心にした評価は、とても危ういんです。

 

むしろ、公務員のように、3年で自動的に転籍、転勤を行う方が、

合理的で良いのかもしれません。

 

もういちど言いますよ。

高い地位は運期の上り坂で与える。

高い年収は運期の下り坂で与える。

(地位と年収はこの反対でも良いけれど、

同時に与えることは避けたほうが良いのです)

また運期が最高(山)と最低(谷底)の時期は、

両方ともに現状維持で良いんです。

 

かりに、現在はそれほど高い評価を与えることはできなくても、

過去に高い実績があれば、それを再び期待して少し評価を上げるだけで、

当人は頑張ってくれるのです。

 

実際には昨年や今年と同じ努力でも、運期がそれを後押ししてくれるわけで、

『人間の評価は未来の期待値こそが最も重要な項目』

ということになるのです。

 

株式投資をしている人なら、この事を嫌というほど知っているはずです。

優良企業の株は価格が下がった時に買う。

優良企業の株は価格が上がった時に売る。

 

もちろんですが、これは龍索堂の個人的見解ですから、

あまり真剣に取り組まない方が良いですよ。

だって、これから上るだろう運期を予想して高い地位を与えたり、

これから下るだろう運期を予想して(他社から引き抜かれるのを防ぐために)

高い収入を与える。

そんな世間とは正反対のように思える評価方法など、

多くの人は誰も納得しませんからね。www

 

 * * *

 

龍索堂の場合、今までの会社との間にあった関係の玉を

縮めざるを得なかったのは、

私が過去において積んできた悪業の成せる結果ですから、

今生での努力だけでは、なんともしがたかったのです。

 

 

妻が思うように、

龍索堂の目に見えない陰の努力を

一般の人が高評価できなかったとしても、

その人達を恨むのはお門違いです。

 

さて龍索堂は、これからどうなってゆくのでしょうか?

 

それは誰にも分かりません。

とりあえずは、自由気儘に自分の好き勝手なことをしようかな。

な〜んて思っているんです。

 

みなさま、生あたたかい目で見守ってくださいね。www

 

 

■■■ここからが加筆訂正部分です。

 

と今まであれこれ書いてきましたが、実は本当のことを言うと、

給与も勤務条件も悪く、離職率の高いサービス業界にいる

35年前からの知人夫妻から、入社を懇願されたのです。

 

この夫妻からは、過去に何度もなんども“来てほしい”と言われていた。

『新しく店舗を購入したら、貴方たちの望むように、

そこの責任者を引き受けるよ』と龍索堂は約束したけれど、

3件の店舗購入が不成立に終わっていたので、

その度ごとに『今回は残念だね』と断っていたんです。

 

その夫妻はそれでも諦めず、20年もかけて、

ようやく今年の2月に小さな店舗を購入できたんです。

 

そして、間違い電話がかかってきた。

ちょうど、その時、歯科医の帰りに喫茶店で休憩しながら、

これから先の数年をどうしようかと悩んでいた。

“秋葉大権現さまは、オイラの将来をアシストしてくれないのかな?”

と思っていた数分後、

その夫妻の奥さんの方から間違い電話が掛ってきた。

なんと3年半ぶりに。

龍索堂は、スマホのモニタに表示される相手の名前を見ながら、

“秋葉様・・・、本当にこの人なんですか・・・”と思いながら。

「あっ、龍索堂さん?いま前の会社に用事があったけれど、間違えて電話しちゃった。」

と世間話をしていた。

「ところで、前に約束したよね。

新しい店舗を購入できたら、ウチの会社に来てくれるって」

『うん、まあね・・・』

「今、何してるの?」

『普通に中小企業のサラリーマンだよ。壁際の名ばかり管理職だけどねwww』

「じゃあ、ウチに来てくれる?」

『う〜〜〜ん、どうかな。“やっぱりアンタなのか?(TT)”

でも人は足りているんでしょ?』

「それがね、旦那が糖尿病で先月、病院へ担ぎ込まれたのよ、

アタシたちもそう若くないから、心配でね(シクシク)・・・」

“オイオイ、突然の間違い電話で泣くなよぉ・・・”

「でね、来月にオープンレセプションがあるから来てね♪」って言う。

『いやぁ〜ちょっと分からないな。行けそうなら連絡してから行くよ』

「いやっ、絶対に来て!!!」

『だから、今はわかんないんだよ・・・』

「いいわ、待ってるから!」

『う〜〜ん、考えとくよ』

「ほんとに待ってるからね!!」

『アンタほんとに昔からガンコ者だな!!、もう。』

「じゃあまたね、待ってるから♪」

『分かった分かった、とにかく切るよ』

「はいはいwww」

 

ご主人が糖尿病だということ、

先月それが悪化して病院へ担ぎ込まれたというのは本当なんだろうな。

あの気丈な奥さんが電話口で泣くんだもの・・。

それにしても秋葉様、よりによってあの夫婦のところなんですか。

ハァー(ため息)・・・しようがないなぁ・・・・。

 

とりあえず、プレオープンのレセプションにはお祝いのチョコレートを贈った。

そしてそれから2週間後に、電話して訪ねて行ったんです。

そしたら、奥さんと娘と孫が迎えてくれて、

世間話の後に入社試験問題を答えさせられた。

テキトウに書いて渡したら、

「あっ、これ、全問正答でなくても良いから。

ところで、いつから来てくれるの??」

『はぁ〜〜???オイラ来ることになってるのかい?』

「だってさぁ、ダンナの糖尿病が悪化しているし、

娘はまだ孫の面倒を見ているし、アタシ心細くって(T_T)・・・・」

『おいおい、こんなオープン当日に泣くなよ』

「じゃあ来てくれる」

『アンタ、オイラを泣き落としするのか?!』

「だってさぁ・・・・・・」

『良い年してブツブツ言うんじゃないの!!

・・・・2、3日考えさせてくれる?』

「そう。待ってるからね♪」

『だ・・か・・ら・・考えとくって言ってるんだよ!』

「分かったわ。良い返事を期待してるから♪♪」

 

ということで2日半、悩みに悩んだ後で退職届を出したのです。

 

 

これを読んでいただくとわかるように、

新しい仕事というよりは、まぁ、早期退職して、

ボランティアか遊んでいると思ってもらえば良いのかな。www

 

新しい遊び場へ行き始めて3日経ちました。

龍索堂は、かつて誰も受け取ってくれなかった知識と経験と夢を、

新しい遊び場にいる若い世代の人に全て託そうと思うんです。

それこそが、龍索堂にとっての新しい春なんだ。

 

新しい春の息吹に育つ未来の花を夢見ながら、

“この世界で生きたことは本当に良かった”

そう言いながら、この世界を去って行けば良いな。

な〜〜んて思っているんです。

 

20代30代40代の人には決して分からない

老人の夢か戯言と思ってもらって結構ですよ。www

 

 

でもしかし、相済みません。

この記事は毎回4、5時間掛けて書いていますので、

当分、見習いの修業者の龍索堂には、

ブログを更新する時間がありません。

 

以上の理由により、勝手ながら、

ブログは長期休暇をいただきます。

 

それでは皆様、また会う日まで、

ごきげんよう。m(__)m

 

 

■■■■■■

 

 

いつもお越しくださる方、
ときどきお越しくださる方、
お越しくださってありがとうございます。 

 

 

【今日の名曲】

 

映画「慕情」の主題歌

<Love Is A Many Splendored Thing>

カーメンキャバレロ

 

を聞きながら、

皆さまの身心の安寧と魂の進化を祈ります

龍索堂拝具

 

 

関係の玉を磨く

  • 2017.03.11 Saturday
  • 00:00

 

【先週〜今週の読書】

池田清彦先生でした。

 

 


・・・【人間関係】についての続きです。

 

先回、人間の持つ感受性の中心が5つであることを
野口晴哉先生による「体癖」の類型分類で紹介いたしました。

 

頭脳を中心にした毀誉褒貶(男性的:論理計算・イメージ)
消化器を中心にした好き嫌いの感情(女性的)
呼吸器を中心にした利害得失(肉体運動)
泌尿器を中心にした勝ち負け
生殖器
を中心にした愛憎

 

野口晴哉先生も仰っておられたように、
人の感受性と行動を細かく見ていくと、
人の顔がそれぞれ異なるほど多くの違いがあるのですが、
それでも、大きく分けた「体癖」分類は有効です。


自分の苦手な相手が、どういう感受性を中心にして

思考と運動を行っているのかが分かれば、
相手との関係は、意外に簡単に進めることができます。

なぜなら、相手が共感する言葉と態度を使えば良いのです。

 

それでも、相手が共感する言葉と態度を使うのが嫌なら、

その関係を終わりにすれば良いんです。

誰でもそうですが、苦手な相手が好む事を行うのは、

自分にとって、とても嫌なことなのです。www

 

 * * *

 

じつは、先々回記した、
関係の輪を閉じる、関係の輪を修復する、
 その意味するところは、

【自分の世界の中にある人間関係を調和に導く】

なんです。

でも、言うのは簡単ですが、実行はとても難しい。

 

この場合の世界とは、もちろん自分の世界です。
自分以外にどこか別のところに世界があるのではないんです。
自分だけが世界そのものなんです。


だって、目を閉じれば、耳を塞げば、

世界は無くなってしまうから。www

 

人間関係の輪を開く

人間関係の輪を維持する

人間関係の輪を修復する

人間関係の輪を閉じる

 

人間は生まれてからこの世界を去るその日まで、
一生をかけてこの作業を繰り返します。

 

では、なぜ人間関係の形を輪というのか?

前々回は便宜上、2次元的に輪と言いましたが、

実は人間関係は3次元の球形なんです。

 

人間関係の形は、直線ではありません。

地球上に直線というモノはないんです。
限りなく直線に近いものはあるけれども、
地球の重力や磁力、月の引力や太陽風などによって、
必ずどこかを歪められます。

つまり人間が直線と思っているだけなんです。
また、同じ理由によって、真円もありえない。
地球が歪んでいるように、
人間を形づくっている細胞が扁平的球体なのと同じように。

 

 

 

人間関係が3次元の球形であることは、

最近ならば、ドランヴァロ・メルキゼデクのトーラス、
古くは、古代中国の気功法である大周天、小周天が有名です。

 

しかし普通、人間の五感では、

自分が太陽や月のような球体だとは認識できないのです。

なぜなら、人間は2個の目、耳、鼻を使って、
脳内で3次元的に変換しているけれども、
それは2次元の絵で見る遠近法と同じです。

つまりは、2点だけでは、

どこまで想像を膨らませても平面的なんです。


この2次元の平面に、どれほど立体感を表せるかを
極限まで追求したのが江戸時代の有名な絵師、伊藤若冲です。
若冲が描いた対象物は、どこにでもありふれた身近な物でも、
それを描いた彼の視点が、常人と違って素晴らしい。

 

【群鶏図(伊藤若冲)の秘密】

 

日本における遠近法絵画の歴史

 

龍索堂は絵画が好きですが、
う〜ん、やっぱり、幾何学は苦手です。www

 

 

 

人間関係を表した球形図です

(1)関係がない

(2)関係が少しある

(3)関係が多くある

(4)関係が深い

 

人と人の間には、離れていると目には見えないけれど、

関係性という名で私たちが呼んでいるモノがあるんです。

青と赤の間にある黄色い部分がそうです。

 

間という漢字そのものが丸い事を表している。

漢字の製作者たちの観察には驚きますね。

 

“間” の漢字の由来

 

というと、「人間関係が直線ではいけないのか?」と思われます。

 

人間同士の関係が、直線的な交流に近い状態を指して

【対冲たいちゅう】と言います。

対冲とは東洋運命学の用語で、相剋し合う関係を言います。
現代風に言えば、【相対そうたい・あいたい】です。

相剋とは、敵と対峙する関係を表していて、この直線的な関係は最悪です。

 

仲の良い恋人どうしは、真正面で向かい合うことはないんです。
街でみかける恋人たちを観察してください。
必ず並んで同じ方向(未来)を見ているか、
目の前で向かい合う時でも、かならず少しだけ角度を逸らしている。


もし、真正面で向い見つめ合っている状態ならば、
強く長く見つめる方が、相手を支配しようとしています。

 

 

草食動物も同じで、真正面に相対するのは、

自分を襲ってくる肉食動物の敵です。
だから逃げ去るか、逃げ場がない時には命がけで向かって行きます。

 

たとえ相手がおとなしくても弱くても、

逃げ場がない状況まで追い詰めてはいけません。

 

高校生の龍索堂は、乗馬を習いはじめたとき、先輩に教わったんです。
「馬の前に立つんじゃないぞ、向かってくるから」と。
疑り深い私は、先輩が目を離した隙に

繋がれている馬の前に立ったんです。
そしたら馬が、本当に真正面にいる自分に勢いよく向かってきた。www

 

 

目上の人から怒られる時、人間は相対しています。

 

他人に褒められる時、褒める人は褒められる人から、
少し下がっているか、角度を持っているか、
あるいは腰を低くします。

 

このように、人間関係の形は、真正面の直線的ではいけません。
それでは、かならず相手の不興を買うのです。

 

このように、人間の持つ本能には、
安全と危険な角度があるということを
ビジネスマナーでも教わります。


最近は、百貨店の売り子さんや、

ファストフードチェーンのアルバイトが、
日本式の礼法を知らない若い講師から、
韓国式おじぎ(コンス)をさせられています。

(カワイソウニ)
「左右に<肘を張る>」という姿勢は、

狭い島国日本の立礼(お辞儀)ではありません。
日本人のお辞儀は、男性ならば手は膝の左右に、女性は膝の前に付けます。
ですから日本の社会人としてこれを行うと、

恥をかくので忘れた方が良いでしょうwww


 * * *

 

話が逸れました。人間関係の話でしたね。www


【解は身の内にある】

自分の答えが、拙い思い込みであっても、また間違いであっても、
答えはいつも自分の中にあります。

 

それがその時の自分の答えなんです。
そして、人生の目的も意味もまた同じです。

 

 

実を言えば、龍索堂は、この歳になっても、

まだその解を見つけていないんです。
本当は人生の目的と意味を、うすうす気づいていて、
その解を認めたくないだけなのかも知れませんwww

 

もし、龍索堂の心の奥にある願望を、

何が何でも果たそうと思ったら、

たぶん、家族を捨て去ることになるから。

 

だから、今いる環境の中では、

特別に何か言いたいことはない。

特別に何か行いたいことはない。

そんな人生があっても良いのかな、とも思うんです。

 


【解は身の内にある】
 人間関係の要点もこれに尽きると思うんです。


他人との関わりの中で、
どれほど相手が自分について親身になってくれても、
人生にレールを敷いて、その上を歩くのは自分です。

 

実際には、過去の自分の思考と運動によって、

(業カルマのこと)自分が生まれた時、

国、地域、両親や家族環境という社会という名の人生のレールは

すでに敷いてあります。

しかしレールの行く先を、途中で別の方向へ分岐させることは可能です。

<これだけが、自分にとっての自由裁量なんです>

 

他人の言うことに耳を傾けるのは良いですが、
自分の人生のレールを分岐させるかどうか、
その決定すらも、他人任せにしてはいけません。

いつも必ず自分で決断する。
そしてその結果、泣いても笑っても自分が潔く責任を取る。

そういう決意が欠かせません。

 

そう言う龍索堂だって、
今以上に楽して儲かる人生もあったんです。

(但し、家族や多くの部下に泣いてもらわなければならなかった)

 

けれども、何度もあった人生の分岐点で悩んだとき、
『自分の心はどちらの道を進んだら満足するか』
を基準にして生きて来ました。


その結果については、過去に何度も、
そして今でも反省することはあるけれど、
決して後悔はしていないんです。

 

自分が辛い思いを感じるのは良しとしよう。

自分が悩むことも良しとしよう。

とても辛いことだけれど。

それよりも、自分以外の人に、

望んで辛い思いをさせたり、

悩ませるのはやめよう。

 

望まずに他人を泣かせたのと、

望んで他人を泣かせたのでは、

天地ほどの違いがあることを、

人間関係で悩み苦しんでいる人は忘れてはいけません。

 

ともすれば、怒りと破壊のエネルギーを

自分以外のすべての人に、

ぶつけてしまいそうになるけれども。

そこで、なんとか耐えて、堪えて、留まりましょう。

 

龍索堂の祖先たちのように、

家族や多くの他人を泣かせたのなら、必ず多くの恨みを得て、

自分と同じ血を分けた親族や子孫たちが、

辛い思いと悩みを抱えたまま、一生を苦しんで過ごす。

そして間違いなく零落して行くからです。

 

 

そう遠くない先の日に、
この世界のドアを永遠に閉じる時、
『龍索堂は満足した』
と笑うのが最良だと思うんですが。www

 

人間関係の玉を開く
人間関係の玉を維持する
人間関係の玉を修復する

人間関係の玉を閉じる

 

自分が身の内に持っている玉と、

縁あって出会う人との間にある玉を磨くこと。

これこそが、誰もが行っている人生のテーマなんですね。

 

方法は・・・もちろんですが、千差万別ですよ。

だって、個人のテーマはその人にしか

絶対に分からないんですからね。www

 

 

【今日の格言】

解は身の内にある

他人から与えられたテーマを、

自分の心の内からの発露と思い込んではいけません。

 

 

※最近、いろいろな出来事があって、少し落ち込んでいますので、

記事の投稿はしばらくお休みしようと思います。

 

 


いつもお越しくださる方、
ときどきお越しくださる方、
お越しくださってありがとうございます。


【今日の名曲】
 「ベートーヴェン交響曲第7番」を聞きながら、
 皆さまの身心の安寧と意識の進化を祈ります
 龍索堂拝具

 

 

関係の球を磨く

  • 2017.03.09 Thursday
  • 00:00

 

 

【先週の読書】

武田邦彦先生でした。

 

 

 

 * * *

 

皆さまは息災でお過ごしでしょうか。

龍索堂夫妻は、大地と日月星辰の加護をいただいて、

毎日気楽に過ごしています。(^^)v

 

 

前回の「関係の輪を閉じる」の記事には、
いつも以上に多くの人が、アクセスしてくださいました。
ですから、【人間関係】について、もう少し話を続けます。

 

この記事を読んでくださっているみなさんは、たぶん立派な社会人なんでしょう。
あるいは、立派な社会人をめざしているのかもしれません。
そうでなければ、こんな面倒なタイトルをクリックしようとは思わないからwww

 

お金持ちでも、貧しい人も、
高い教育を受けた人も、そうでない人も、
誰もがみんな悩んでいることが、人間関係です。

 

「人間関係が上手く行かずに悩んでいる人ばかり」
 と言っても過言ではありません。

 

「人間関係?そんなの自分には関係ないね」

と言える人がいるのなら、
その人はどういう業界にいたとしても、
 「(人間観察における)達人」と呼ばれているはずでしょう。

 

組織のトップ、独裁者であっても、

部下や家族との人間関係で悩んでいるんです。

(本当ですよ)www

 

もちろん龍索堂も達人の域には至っていないので、
人間関係が上手く行かず悩むことが多々あるんです。

 

なぜなら、私は「希望という名の病気」と

「妄想という名の病気」を合わせ持っているから。www

そして、いつもいつも、希望や妄想と現実との乖離に悩んでいる。

 

 

私たち人間は、脳内で悩みを創造しています。

目の前に悩みそのものを取り出すことはできない。

 

 

会意兼形声文字です(忄(心)+巛+囟)。

「心臓」の象形と「あたま」の意味。

「髪の象形と乳児の頭蓋骨(大泉門:ラムダ縫合が閉じていない)の象形」から、

心や頭にかかわるもの、すなわち、「なやみ」、「なやむ」を意味する「悩」という漢字が成り立ちました。

 

↑漢字を作った人は、母乳が欲しくて

泣いている状況の赤子を「悩んでいる」と思って文字を作ったのでしょうね。

案外、この例えは正しいのかもしれません。

なぜなら、私たちの持つ「悩み」とは、

欲しい物を求めて得られない不満な状態だから。

漢字を作った人たちは、観察が深かったな、と思うんです。www

 

 

遠くにある夢、叶えたい夢、叶えられない夢を見る時、
遠大な計画、難しい計画を抱えている時、
人は悩みます。

 

未来の夢や計画と現実の間には、もともと何もないんですが、
その間にいて、不安を作り出して悩んでいます。

植物や昆虫や野生動物のように、

本能の命令だけに従って生きていて、

脳に悩みを持たない人は、

食べること、住むところ、で困ることはあっても、
人間関係を上手くやろうと思って悩むことはありません。

 

 

さて、悩みについては、いったいどうしたら良いのでしょう。
 

じつはこれ、とても簡単なんです。

左脳での計算と右脳での想像を止めれば良いんです。
 

禅門の僧侶が、よく言います。
「明日を思い煩うな」

「過去にしがみつくな」
「今を生きなさい」

 

これをかみ砕いて言うと、
右脳と左脳の活動を止めれば、妄想や計画を思い浮かばず、
夢や計画と、人間関係や現実との乖離で悩まずに済む。
だから、今、やるべき事だけに集中しなさい。
ということです。

 

でも、私たちは世俗との関係を断った僧侶ではありません。

人と人の間で、より良い関係を維持しながら
生きて行かなければならないんです。

 

龍索堂が、人間関係で有効だと思っているのは、

以前からなんども記しています「体癖」です。

 

【 体癖 】

 

【身体気法会】

 

 

------------------------

体 癖   感受性の中心
 上下型  毀誉褒貶・頭脳
 左右型   好き嫌いの感情・消化器
 前後型   利害得失・呼吸器
 捻れ型   勝ち負け・泌尿器
 開閉型   愛憎・生殖器
 遅速型 

------------------------

 

むかし、心理学や運命学を学んだ龍索堂でしたが、
この野口晴哉先生の体癖分類ほど、
現実の人間関係で役に立った物は他にありませんでした。
だって、話をしないで少し観察するだけで、
相手がどういう人なのか、だいたい分かるんですから。
但し、これを使えるようになるまで1年半ほどかかりましたがwww

 

 

 * * *

 

人間が人間を教えるときの指導者は、

教える人の特性について知らなければなりません。
 

そして、類型分類を知らない指導者に教わった場合、
残念ですが、望むところには到れない事が多いのです。
なぜかといえば、その時々の気分によって、
指導内容や指導方法が異なってしまうから。

 

選手時代にどれほど素晴らしい成績を残しても、
教育法、指導方法を教わっていない人は、
指導者・コーチになることができないんです。

 

むしろ優秀なスタープレーヤーほど、
人間関係がうまく構築できない人が多い。

 

そういう人は、他人の指導より、
自分の技術を磨くことで精一杯だったのでしょう。

 

自分がどういう感受性を中心に生きているのか?
他人がどういう感受性を中心に生きているのか?

これが理解できれば、相手との関係は、考えることなく分かるんです。
そして、悩むことは少ない。

 

 

 * * *

 

孫子は古代中国で王や将軍の生き方を記した「兵法書」ですが、

これは人間関係でも同じように使えるんです。

 

『孫子』謀攻篇

『孫子』謀攻篇の解説は、長尾一洋さんがとても分かりやすい。
 

彼を知り己を知れば百戦殆うからず。
彼を知らずして己を知るは一勝一負す。
彼を知らず己を知らざれば戦う毎に殆うし。

 

百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。
戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり。

 

 

私たちが、他人と良好な関係を維持しようと思うのなら、
野口晴哉先生の「体癖」でなくても良いので、

人間の類型分類方法を覚えた方が、

楽に進めることができます。

 

「体癖」について詳しく知りたい人は、

全生社の文献を買い求めて学習しましょう。

これらの文献を読めば、なんとなく人間の思考と行動とが理解できます。

 

株式会社 全生社[書籍一覧]

 

整体協会の基本的な考え方を理解するための入門書
 「健康生活の原理」     540円    1976/06/25
 「風邪の効用」     1,944円    1962/12/28
 「愉気法 1」      1,944円    1986/05/20
 「愉気法 2」      2,160円    2006/10/19


体癖総論及び各論
 「体癖 <第1巻>」    2,376円    1971/11/26
 複合体癖について
 「体癖 <第2巻>」    2,268円    1979/02/20

 


ただし、体癖を学んだとしても、
その人の感受性や骨の運動そのものが根本的に変わるわけではありません。

人間の感受性や行動パターンは、

この世界を去るまで変わらないことが多いから。

 

けれども自分や周囲の人との関係を、
どう捉えていったら良いのかが分かります。
それだけでも悩みは激減するはずです。

 

野口晴哉先生の「体癖」や、他の人間類型分類方法を覚えるのも嫌な人は、

・・・どこかの禅寺へ行って、参禅すると良いです。

www

ほんとうにそう思っているんです。

 

 

『何もしないで、良好な関係を結ぼうとしても、やっぱり難しい』

彼を知らず己を知らざれば戦う毎に殆うし。

と思うのは私だけなのかな。www

 

 

・・・・もう少し続けます。

 

 

いつもお越しくださる方、

ときどきお越しくださる方、

お越しくださってありがとうございます。

 

 

【今日の名曲】

「テレマンのアリア」

クルト・レーデル指揮、ミュンヘン・プロアルテ管弦楽団

を聞きながら、

皆さまの身心の安寧と意識の進化を祈ります

龍索堂拝具

 

関係の輪を閉じる_部分改訂

  • 2017.03.01 Wednesday
  • 18:18

 

 

【今週の読書】

 

 

 

皆さまは息災でお過ごしでしょうか。
龍索堂夫妻は、大地と日月星辰の加護をいただいて、
毎日気楽に過ごしています。(^^)v

 

 * * *

 

龍索堂は、今まで生きて来た中で、
多くの人との出会いや別れがありました。

 

望まなかった出会いもあったし、
 望まなかった別れもありました。

 

常日頃、上から目線の物言いを記している

高慢なオジサンと思われがちですが、
あの時、こう言っておけば良かった。
あの時、こうしておけば良かった。
などと反省することも、懺悔することもあるんです。

 

だから、ブログを更新した後も、
たいてい数回は書き直しているんですwww

 

 

龍索堂は身心が低調になると、

無愛想で、人相が悪くなり、目じりが険しくなります。

 

そういう時は、かならず妻が、

「どうしたの、調子が悪いの?」と聞きます。

彼女は、帰宅したオイラの顔を見て、

それから全身のオーラを観察しているので、

指摘はたいてい合っているんです。

 

『そう、身心ともに不調なんだ。反省と懺悔の日々だよ』
と答えると、いつも笑われます。
そんな居丈高な人間じゃないのに・・・・

 

【反省】普通のとらえ方や自分の普段の行動・あり方を振り返って、それでよいか考えること。

【懺悔】自分の以前の行いが悪い事だったと気づき、それを悔いて(神仏などに)告白すること。

【後悔】してしまった事について、後から悔やむこと。

 

反省と懺悔はしているけれど、
でも、過ぎ去った事を後悔したことはほとんどありません。


だだし、龍索堂の言い方や態度が、
とても酷いと受け取られる場面が数回ありました。

 

相手は4人とも女性で、
どの人も私に好意を寄せてくれました。
でも、それぞれの相手は、どうしても納得できなかったと思う。

 

自分の言うことや、態度が酷い事は分かっていた。

もっと優しく接したら・・・
もっと優しく言ってあげたら・・・
とはその時、何度も思ったんです。

 

ひどい言葉を言う、ひどい態度のヤツ。
なんと思われようともかまわない。

そう思われなければならなかったんです。

“そのことで、恨みを得るかもしれない。

将来、後悔するかもしれないな”とも思ったけれど、

それ以外の方法は思いつかなかったから。

 

でも彼女たちと暮らして行くと、
人生を転落して、二度と元には戻れない。

だから、なんとしてでも関係の輪を閉じなければならなかった。

そうしなければ、自分たちだけでなく周囲のみんなも、
そしてまだ見ぬ子孫たちをも
不幸にすることが分かっていたんです。

 

彼女たちには、将来、幸せになってもらいたかった。

だから、酷い言い方や態度は、

若くて未熟だった龍索堂の優しさの表現だったんです。

 

残念なことですが、彼女たちを幸せにするのは、

龍索堂の役目ではなかった。

 

未熟だった若い時の言行を後悔しているのでは無いんです。
 

そういう状況にいなければならなかった
過去世のわが身の不善を後悔しているんです。

 


なぜかといえば、龍索堂の血縁の両親、祖父母、
そして祖々父母も全員が、結婚相手と生き別れ、死に別れしている。
家系にまとわりつく怨恨は、

数名の尼僧が一生祈りを捧げ尽くしても解決できなかったほど、

手に余るほどの複雑な家系だったんです。

 

そして祖先たちと同じように、
子孫である龍索堂の人生にも、幾つもの落とし穴がありました。
異性との関わりが、奈落(ならく:ナーラカ・地獄のこと)の入口だと分かったのは

二十歳の時で、とてもとても驚きました。

 

世間で言われるような、論理や倫理や努力や根性や忍耐では、
到底落ちずに済む状況ではなかったんです。

だから、幸福な家庭生活は望めないと思った。

 

でも、幸いなことに、落とし穴の縁を歩いて暗黒の底を覗いただけで、
なんとか転落せずに今日まで生きて来れました。wwwww

 

不徳のかたまりのような若い龍索堂が、
転落人生を過ごさずに済んだのは、
ひとえに、諸天善神と、その後に出会った妻のおかげです。

 

現に、妻も結婚した当初は、原因不明の病気に罹って

実家の家族が驚くほどに体調不良で激ヤセしたんです。

それを直すのに、いろいろな方法に取り組んだけれど、

結局、20年もかかった。

姉妹はみんな裕福な名門家系に嫁いだのに、

こんな没落家系に嫁いでくれて、

ほんとうに申し訳ないことをしたと反省しています。

 

不安な未来だけを抱えた若い頃の龍索堂は、

仏教のことも、神道のことも、キリスト教のことも、ヒンドゥー教のことも、
何も知らなかった時でも、
母のこと、姉のこと、父のこと、家族全員のこと、
毎日まいにち神仏に拝んでいました。

 

自分のこともたまには拝みました。
「みんなを幸福にできるような人間に成れるよう導いて欲しい」と。


 

「で、成熟してみんなを幸福にできたのか?」

 

『今でも、毎朝、出会った人たちの幸福を願っていますが、

みんなが幸福になったかどうかは正直なところ分からないんです。

そして、自分の人生は満足とは思えないけれど、特に不満はありません』

 

 

そうそう、<不満はない>の言葉で思い出しました。

 

2月のはじめ頃、妻は秋葉三尺坊大権現様と再び会話したそうです。

(またかwww)

 

秋葉大権現様に妻は訊ねられました。

【いま、なにかほしいものがあるのか?】と。
 「・・・いえ、とくにこれといってありません」と妻は答えた。

 

【なにか不満があるのかな?】
 「・・・いえ、とくにはありません」

 

【なにか困っていることがあるのか?】
 「・・・いえ、ありません」

 

【それならば、よろしい】
 「・・・」

 

その時、秋葉大権現様は、笑って見つめてくれていたそうです。
 まさに「遠神笑み給え(トホカミヱヒタメ)」でした。

 

↑フォトショップで描いた秋葉大権現様の線画です。

 

 

妻は、出会った昔から、精神世界に生きていましたので、

多くの物を欲しがりませんでした。

でも、ときどき、

「ピアノをおもいきり弾ける家が欲しい」とか、
「息子にふさわしい嫁に来て欲しい」とかを言っているけれど、
秋葉大権現様の圧倒するパワーの前で、
自分のちっぽけな願いは、どこかへ吹き飛んでしまったようです。

 

ということで、そのうち、遠州の可睡斎へお参りします。www

 

 * * *


反省をしてもいい。
懺悔をしてもいい。
後悔をしてもいい。

 

けれども、それらは全て忘れてしまうべきだと龍索堂はいつも思う。

人生のカンバスには消せないモノはないんです。
描いたのは自分なのだから、消しゴムで消してしまえば良い。

 

と言うと、

「消したくないのに消えてしまう経験もある」

「消したくても消せない経験もある」

「消したくない経験だってある」

と言う人がいます。

 

でもね、自分がこの世界のショーを終えて、

棺箱のトビラを開けて地球劇場から去る時、

私たちの得た貴重な経験は、

すべて灰になってどこにも残らないんです。

宇宙空間(アカシックレコード)には残るだろうけれど、

個人の経験や記憶を、目に見える形で

永遠に残して置くことは難しい。

 

 

日本人は、戦災や自然災害が起こると、

つらかった過去を偲んでモニュメントを作り、

毎年まいとし慰霊祭をしています。

 

“それは、いったい、いつまで続けるべきなんでしょう?

三十三回忌法要のように、どこかで線引きをしてこれで終わり、

というわけにはいかないんでしょうか?

それとも、慰霊祭は、未来永劫に亘って

永遠に続けるべきなんでしょうか?”

 

テレビで慰霊祭のシーンを見ると、

龍索堂は、いつもそう思うんです。

 

だって、たった150年前、

たった5代前の祖先たちのことを知らないどころか、

墓石すら見たことも、拝んだこともない自分なのですから・・・

 

 

私たちが感じたとても貴重な経験、

幸福な経験、不幸な体験と思っている時間は、
いったい、どこへ消えて行くのでしょうか?

 


輪廻転生が実在することが量子論で判明! 

専門医「死後、あなたの意識は次の人の脳に張り付く」 
 2017.02.08

輪廻転生(リーインカーネーション)は実在するのだろうか?
オカルトや宗教の世界では当たり前のように語られてきた超自然現象であるが、

現代科学では未だに迷信として退けられている。

しかし、この度ついに前世の存在を決定づける研究が報告されたのだ!
 ■意識は前世の記憶を引き継いでいる
 ■前世の記憶を持つ少年

 

 

過去は清算されるべきモノではありません。
すでに自分に起こった事実なんです。

過去はいつまでも持っているべきモノでもありません。

素晴らしい過去の思い出も、

残酷な過去の思い出も、残酷な現在も、残酷な未来も
それらはすべて、経験、体験という

自分から自分への贈り物なんです。

 

 * * *


龍索堂は、素晴らしい食べ物が出されると、

すぐに食べずに、じっと見つめるんです。
そんな龍索堂を見て、妻は言います。
「食べないの?」
『うん食べるよ。でもね食べると無くなってしまうんだよね』
と答える。
 “また、はじまった。そんなのあたりまえじゃないの”
と妻の顔は言っている。
『だって、とてもキレイに出来ているんだよ。
ほら、形にも味にも心がこもっている』

 

龍索堂の年になると、食べ物を見ただけで、

それが美味しいかどうかが分かるんです。

また、食べ物が出される以前、外食店の店構えを見ただけで、

美味しい物心のこもったサービスが出されるかどうかが分かります。

 

飲食店の運営者の多くは、そのことに気づいていませんが、

どんな客でも、人間は一瞬で見た物を判断することができるんです。

 

それは、妻が私の顔色や全身のオーラを見て、

好調、不調が分かるのと同じなんです。

 

 

だから意図して相手を騙そうとする詐欺師は、

何度もなんども話をしたり、身振り手振りで、

ひたすら相手の警戒を解いて信頼を得ようとします。

 

詐欺師といえば、その見分け方があるんです。

人間の大半は体内のエネルギーが高揚すると右肩が上がります。

(利き腕は関係ない場合が多い)

そしてエネルギーが下がると右肩が下がります。

けれども、右肩が下がったままなのに、

テンションが高く饒舌な人は、本心からの言葉ではない。

下心や別の思惑がある場合が多いのです

 

松岡修造さんが熱い言葉を語っている右の画像を見てください。

必ず、右肩が上がっていますwww

ということは、彼は本心から熱く語っているんですね。

 

 

これと同様に、会議で発言する人は、たいてい右肩が上がっています。

その反対に、聞く気がある人の右肩は下がります。

そして、聞く気がない人(=反対意見がある人)の右肩は上がっています。

 

 

【今日の格言】

相手に異論があるかどうかを見分けるには、

相手の右肩が上がるかどうかを見ていれば良いんです。

◎意見を聞いた時に右肩が下がったら、Yes

×意見を聞いた時に右肩が上がったら、No

△意見を聞いた時に右肩が上がったり下がったりしたら、

Yes or No(どちらでも構わない)ということです。

これは、あくまでも龍索堂の観察結果ですけどね。

もし疑う人がいたら、ご自分で観察してみてください。www

 

 * * *

 


  ハンプティ・ダンプティが塀に座った
  ハンプティ・ダンプティが落っこちた
  60人の男にさらに60人が加わっても
  ハンプティ・ダンプティをもとのところに戻せなかった

 by マザー・グース

 

「割れた卵を元に戻すことは出来ない」

「食べてしまったモノは残らない」
「壊れてしまった過去は繕えない」

多くの人が思うように、私たちもそう思っています。

そして、それが物である場合は正しい。

 

けれども、

生きている人間同士ならば、

閉じなければならない人間関係の輪を、

円滑に閉じることができる

 

生きている人間同士ならば、

壊れてしまった過去の人間関係の輪を

美しく修復できる

と思うんです。

 

そんなことを、「東洋経済 o n l i n e」を読んで、ふと思ったんです。

(東洋経済は、最近は良い記事が多いので気に入っています)

 

ベテラン弁護士が「離婚はやめろ」と説くワケ
 1万人の人生からわかった「幸運」を呼ぶ法則



 

う〜ん、今日も相変わらず脈絡のない話になりました。

ど〜もスミマセンwww

妄想記事にお付き合いくださり、ありがとうございました。

 

 * * *

 

いつもお越しくださる方、
ときどきお越しくださる方、
お越しくださってありがとうございます。


【今日の名曲】

シューベルトのアヴェマリア/イネッサ・ガランテ/

を歌いながら、皆さまの身心の安寧と、意識の進化を祈ります
 龍索堂拝具

 

 

 

 

夢告

  • 2017.02.24 Friday
  • 18:18

 

 

皆さまは息災でお過ごしでしょうか。
龍索堂夫妻は、大地と日月星辰の加護をいただいて、
毎日気楽に過ごしています。(^^)v
 

 

【今週の読書】

 

 

今週の読書は、軽い内容でしたので、
話を変えて、みんなの好きな少しだけトンデモ話です。

 

 * * *

 

12月の終わり頃から、左側の頸椎に痛みが起こりました。

龍索堂は右側の頸椎1番2番が弱かったけれど、

今度は左側か・・・と思ってガックリしました。

 

そこで自分でストレッチをしたり、妻にさすってもらったけれども、

いつもは消える痛みが、いっこうに消えません。

不思議だな〜と思って、妻に言いました。

 

『オマエサン、今度カミサマに聞いといておくれよ。

きっと何かの意味があると思うんだ。』

 

「えーっ、アタシが〜」

 

『いいじゃないか、オイラは神様の声が聞こえないけど、

オマエさんはたまに聞こえるでしょ』

 

「う〜ん、分かった。

でも直ぐにはお知らせがないかもしれないわよ」

 

『いいから、そこをなんとか、聞いておいてね』

 

「・・・」

 

ってことで、1カ月半ほど待っていた。

そして2月中旬になって、家に帰った時に妻が言いました。

 

「“貴方が痛みを感じるのは他人の痛みを分かるため”って聞こえたわ」

 

『えっ、そうなの?ということは、

“多くの人は痛みを抱えて生きている、

ということを理解すれば治るのかな?“』

 

「たぶん、そうじゃないのかな」

 

『オマエね、もっと詳しく聞いておくれよ』

 

「だって、それしか聞こえなかったのよ・・・」

 

『分かった、人間はみんな痛みを抱えているってことを心がけるよ』

 

それから、毎日出会う人全てを見ながら、

“あなたも、あなたも、み〜んな痛みを抱えて生きているんですね。

たいへんですね、おだいじに。”って思っていた。

 

そしたら、なんと!痛みはわずか数日で治ってしまった。

これにはビックリしました!!!

 

その事を妻に伝えたら、

「へ〜っ、そんなことがあるのね」って妻も驚いていました。

 

【人間はだれもが痛みを抱えて生きている。

だから思いやりのまなざしで接してあげよう】

 

じつに貴重なメッセージでした。

 

-----------------

 

<2月22日早朝の夢告>

 


 

龍索堂は夢の中で、

北インドの民族衣装白いクルタのような服を来て

4つの事を、夢の中でマスターに教わっていたんです。
その時は、とてもよく理解できていた。

その中でも、
「人間が行き着くことのできない場所」
「1と4の組み合わせが重要」

これだけはとても重要だから、

ぜひこの世界に持って帰ろうと思い、
忘れないように何度も繰り返し覚えたんです。

 

でも、朝起きてこの世界に持ち帰ってみても、
いったいなんのことだかさっぱりわからない。

そうです。言葉は覚えていたけれど、

肝心の意味を忘れてしまった。

オバカですねぇ。 (T_T)
あの夢の中の学習と記憶の努力は

いったいなんだったんだろ?www

 

 

人間には、「夢告」という形の教え・学習があるんです。

霊感の強い人でなくても、

求道者のように清らかな生活をしておらず、

世俗の欲にまみれた人にもある。

 

夢の中で、誰から教わるのかは、そのときどきで違います。
けれども、たいていの場合は、

自分に縁の深い師匠や神霊であることが多い。
それも1人ではなく、数人の場合もあります。

 

また、夢の中の物語で、

よく見知った知人から教えられる時もあるんです。

(国籍・年齢・性別は、まったく関係ない)

 

夢告が、貴重なメッセージなのか、ただの個人的願望なのか、

その判断はとても難しいです。

 

でも貴重なメッセージの場合、
とてもリアルな明晰夢の場合が多い。

それは何年経っても、忘れようとしても忘れられないんです。
なぜかといえば、

「これだけは忘れないように覚えておいた方が良い」
というインデックスが付いているからです。

そうでない場合は、ほとんどが、
日頃の思い込みや妄想や願望です。
むしろ、こちらの方が多くて、99%はそうです。

 

わたしたちは、寝ている夢の世界でも、
欲望を満たそうとして、いつもいつも頑張っている。
これは、みんな同じです。www

 

 

 * * *

 

龍索堂は、今年の2月誕生日あたりから、精神が低調です。

身体と精神に、次々と負の要素が現れてくる。

神霊や死霊は、供養が足りているはずだから、

こういう場合は生霊(いきりょう)でしょうね。

( ○○先生、僻除結界のお守りお願いします。m(__)m )

 

 

生きた人間の持つ、恨み、妬み、僻みを受けると、
身心のエネルギーが損なわれるんです。
(当人ではなく、間接的に家族や親族に現れることも少なくない)

 

だいたい人間の持つ恨みや妬みは、いいかがりや逆恨みと同じで、
倫理や道徳や道理にかなってはおらず、原因すらない場合が多い。
他人を害したい感情的な衝動だけがあるんです。

 

いちばん厄介なのは、他人を恨み妬み僻んでいる事を、
当の本人が表面意識で気づいていない場合です。

(陰口を言っても、恨みのエネルギーを発しているとは思っていない)

 

他人に害をなすような暮らしをしておらず、
何ひとつ嫌われるようなことをしていない人でも、
他人から生霊という形の怨恨を受けると、

受けた当人のエネルギーはダメージを受ける。

 

じつは原因不明の精神疾患や難病は、

その原因の多くは神霊や死霊の障りですが、

他人から受ける生霊(怨恨)の場合もあるんです。

(そういう例をたくさん見て来ました)

 

そういう龍索堂だって、

知らないうちにどこかで誰かを傷つけて
恨みを得たのかもしれません。

しかし、それが今生でなければ、原因は不明なままです。

 

ということで、数日のことなら放っておくけれど、

もう数週間、身心共に負のエネルギーを

じ_ゅ_う_ぶ_ん_に満喫しましたので、

これからキッチリと対抗いたします。


龍索堂だって、少しくらいは法術を知っています。

でも、どんな対抗をするのかは秘密です。

負のエネルギーを与えた人は、図らずもそれを知るでしょうね。
(身に覚えのある人は心して待っていてくださいね。
お返しはとてもとてもキツイですよwwwwww)

 

 

「ネガティブなエネルギーなんて、オカルト話だろ?」

 

『そう思いたい気持ちは分かるけれど、

これは現実の身体で感じる、目に見える話なんです』

 

たしかに、この世界は科学技術が発達した近代的な世界です。


しかし、今でも祈祷を生業としている人がいる。

そして、魔術や魔法としか言えない法術も確かにあるんです。

人間という動物が生きている世界には、

「いじめ」が無くならないのと同じで、

祈祷や魔法も無くなることは決してないんでしょう。

(そんな物は無いに越したことはないけれど・・・)

 

また、昔ほど多くはないけれど、呪詛を生業としている人もいる。

(それらについてよく知っている人でも、

龍索堂の知人たちもそうですが、

呪詛について語ることはしていません)

 

巷間でよく言われるように
「宗教の全てがカルト団体でインチキ」ってことではないんです。
そう思ったまま一生を終えることができるのなら、
それはとても幸せなことだと思う。


人間は試験管の中で作られたロボットではなく、

多層の複雑系の世界から生まれた動物なのですから。

 

 

そこで、いつまで経っても治らない身心の不調を抱えている人は、
神霊や死霊や生霊の祟りを疑った方が良いです。

 

ということで、今日は、とても簡単な方法を記します。
密教の儀礼はちょっと難しいので、神道の方法を記しましょう。

 

普通の人は気づいていないけれど、神道にも、
昔から続いている、魔術の要素がたくさん残されているんです。

 

いえいえ、だいじょうぶですよ。

オカルト好きな人ならば誰でも知っているしネットにも書いてある

とっても簡単な方法ですから。www

 

 

<産土神(うぶすながみ)への参拝>

龍索堂がときどき記すこれも白魔術の一種です。

 

まず、産土神へ参拝します。
そして<清め砂>を授けてもらう。
(もし、「清め砂」を授与していないお宮ならば、

本殿の奥の方へ行って、できるだけ人の踏んでいない

きれいな砂をほんの少しだけいただいてくる。

こっそりと、ほんの一握りだけで良いんです。

もし砂がなければ、気に入った小石でも良い)

 

そして、自宅へ持ち帰って、「清め砂」を撒きましょう。

「清め砂」の使い方は、↓で検索してみてください。

 

【清めのお砂の撒き方 | 大神神社(おおみわじんじゃ)】

 

これで、清めることはできました。

 

そこで、身に付いた負のエネルギーを

お祓いしなければなりません。

 

たいじょうぶ、神職でなくても出来る祓いがあるんです。

 

料亭などでも見かける「盛り塩」です。

 

■盛り塩のやり方・仕方・置き方について■

 

↑がわりと丁寧に記してありましたので、

参考に試してみてください。

 

 * * *

 

他人へ呪詛(恨みや妬み)を向けることが

本当の意味で恐ろしいのは、

相手が負のエネルギーを受けて

ひどく苦しむからじゃないんです。

それが、自分に返って来ることなんです。

 

龍索堂の母系のように7代にもわたって来ることも少なくない。

人間の持つ負のエネルギーは、とても恐ろしいのです。

 

だから、恨み・妬み・僻みと言われる

負のエネルギーを安易に他人に投げてはいけません。

もちろん家族でもダメです。

 

それは、子供が大人になるように、

2倍、3倍に増幅されてから、

投げた当人に返されることが多いから。

 

Q) もうすでに負のエネルギーを他人に投げつけてしまった人は?

 

A) もちろん、その相手に向けて、

懺悔と共に正のエネルギーを追贈しましょう。

マイナスのエネルギーが消えるまで、何度もなんどもです。

二度や三度懺悔して許されなかったとしても、

そこで諦めてはいけません。

(龍索堂個人の場合では20年ほどかかりました。これはとても短かった。

その原因となった大元の祖先が生きたのは、江戸時代末期ですから

それ以後、祖先たち数百人が非業に泣いた年数は合計140年ほどです)

 

Q) 負のエネルギーを受けた相手がこの世界に居なくなった場合は?

 

A) お墓に向けて、あるいは子孫に向けてでも良いので、

正のエネルギーを何度もなんども贈り続けましょう。

 

それを続けて生活していると、

家族や親族を始め、周囲にいる人々の平安を願う人になる。

なぜなら、正のエネルギーは、日々少しづつでも、

いつかは必ず山のように大きく積もってゆくからです。

 

そしてある時、過去を振り返って、歩いて来た道をみると、

自分が、本来歩んでいたのとは違う未来に辿り着いたことに気づきます。

そう思えたときにはじめて、自分が変わったと実感できるようになるんです。

 

他者へ正のエネルギーを贈ること。

この方法を指して、古人は

「天の蔵に徳を積む」と言いました。

 

 

「始めは“痛みを抱えている人に思いやりを差し向ける”。

といっておきながら、

“怨恨を発する人の負のエネルギーに魔術的なパワーで対抗する”なんて

言っていることがおかしくないか?」

と思う人が数名いますね、きっと。www

 

『いいえ、ぜんぜんおかしくありませんよ。

なぜなら、どちらの場合も、

龍索堂の心底には愛のエネルギーが発動するからです。

但し、始めの人の場合は観世音菩薩を見るでしょうが、

後の人の場合には、不動明王や夜叉を見る。

ただ、姿かたちの違いだけなんです。』

 

「では、相手が術者だった場合は?」

 

『さぁ、どうしましょう・・・

強力な負のエネルギーは受け取り拒否にしたいですが、

とりあえず自宅に引き籠って、

懺悔と反省の日々を過ごそうと思います』

 

えらそうな物言いばかりをしているように思われがちですが、

こう見えて、オイラ弱虫の泣き虫なんですよwww

 

 

 

いつもお越しくださる方、
ときどきお越しくださる方、
お越しくださってありがとうございます。

 

 

【今日の名曲】

ヴァンゲリス作曲/

映画「1492: THE CONQUEST OF PARADISE」
の主題歌を聞きながら、

皆様の身心の安寧と発展を祈念申し上げます。

龍索堂拝具

 


 

 

真清田神社_2

  • 2017.02.15 Wednesday
  • 22:22

 

 

 

・・・前回の続きです


 

1月中頃の週末、妻が朝起きてきたら妙に機嫌が良かった。

そして言ったんです。

「じつはね、きのう良い夢を見たのよ♪」

 

『どんな夢だったの?』

 

「う〜ん。いつも見る夢じゃなくて、秋葉様が出てきたの」

 

『(またかっ!!!)それで・・・』

 

「あの、秋葉さまの真言 オン ヒラヒラケン っていうやつ。

あの意味がわかんなくって、ず〜っと考えていたのよ。

そしたら夢の中に出てきて教えてくれたの♪

<ここでは記しません。

通説や、坂内龍雄先生が記した「真言陀羅尼」の説明とは全く違うし、

本尊観の伝授のようだったから>

 

それとね。“こんどはどこへ行ったらいいですか”って聞いたら、

[天神様で良いんじゃないかな]って言ったの。

あっ、それと[伊勢(の神様)は水]だとも言っていたわ。

こんどは伊勢にも行かなくちゃ♪

こんなに良い夢を見たのは久しぶりだから、気分が良いわ」

 

『う〜ん・・・・(*_*)』

 

龍索堂は、それまでは

“天神社、、皆は毎年、学業優等を願ってお参りしてるけれど、

菅公は位人身を極めたとはいえ怨霊だよ”

と言って一度もお参りに行かなかったんです。www

(とは言うものの、心ひそかに菅原道真公を尊敬していますから、

祟られることはありません)

 

受験シーズンのこの時期、みんながよく行く菅原道真公は祟り神↓です。

菅原氏は天穂日命(あめのほひのみこと:この子孫が出雲大社の祭主)の末裔で、

大相撲の祖として知られる野見宿禰(のみのすくね)を祖先とする土師氏の子孫。

平安時代初期に一族が大和国菅原邑に住んでいたので菅原氏を名乗る。

菅原道真は、日本の平安時代の貴族、学者、漢詩人、政治家。

参議・菅原是善の三男。官位は従二位・右大臣。

忠臣として名高く、宇多天皇に重用されて寛平の治を支えた一人であり、醍醐朝では右大臣にまで昇った。

しかし、左大臣藤原時平に讒訴され、大宰府へ大宰員外帥として左遷され現地で没した。

死後、朝廷から、正一位・太政大臣を贈られた。

 

怨霊としての道真の話は、黄昏怪奇譚さんの記事が詳しい。

日本の三大怨霊その1〜菅原道真

(ほんと、ネット時代は引用と説明省略が楽で良いwww)

 

菅公もそうだけれど、

日本人は昔から、志ある者が敵に倒されて、

後に、復讐して敵を壊滅させるというストーリーが大好きです。


菅原道真公は右大臣に登りつめた。

そして死後は、怨霊としての力を発揮したため、

天神という称号を得て、神社の御祭神に成ったのですから、

人間としてはこれ以上の栄誉はありません。

(それ以前にも天神信仰はあったけれど、菅公の登場以後は廃れました)

 

 * * *

 

“まぁ、秋葉大権現様が言うんだから、しようがないか”

ってことで行ったんです。

 

名古屋には、「桜天神社」「上野天満宮」「山田天満宮」の3つの天神社があります。

(結局、時間がなかったので、山田天神には行けませんでした)

 

龍索堂は、今年の1月29日に、

生まれて初めて天神様へお参りしました。www

 

【桜天神社】

織田信秀(信長の父君)が北野天満宮から那古野城に勧請した。

 

 

 

【上野天満宮】
平安時代中期に安倍晴明一族が当地に住んだ頃、菅原道真の御神霊を祀ったのが起源とされる。

 

 

 

 

 

 

その後、10日ほど経ってから帰宅した時に、妻が言いました。

「○○君、合格したんだって♪」

 

『えっ?なに?』

 

「図書館のあれに、成りたいっていってた甥っ子の○○君よ」

 

『司書ね。あ〜、そうなのか。それは良かったね』

 

「天神様にお参りして、お守りをあげたからよ♪」と言います。

(それで、お守りをじ〜っと見比べて選んでいたのか・・・)

 

『ということは、天神様へ行きたいっていったのは、

自分の趣味じゃなかったのかい?』

 

「うん、秋葉様よ」

 

『・・・・(聞いていない)』

 

「だって息子君も今年は昇進試験があるし、○○君のこともあったから」

 

『オマエね。そういうことはもっと早く言ってくれよ』

 

「あれっ、言ってなかったっけ (・ω<) 」

 

『ん〜ん・・・まぁ、、、いいかwww』

 

 

 * * *

 

私たちが行く神社は、大きくまとめると4種類の御祭神がいらっしゃいます。

 

【1】 自然神(山、海、雷、巨石、巨木などの大自然に宿る神霊)

【2】 祖先神(人格神)

【3】 皇祖神( 〃 )

【4】 祟り神( 〃 )

 

神道では、この世界のあらゆる物(八百万)に、

神々の霊性を認めて崇拝します。

その中でも私たちにとって最も身近なのが【2】祖先神です。

祖先である神々は、自分と血縁でつながりがある祖霊ですから、

お祭りしやすいし、お願い事も言いやすい。www

 

そして、初宮参り(生まれて初めて参拝した神社)

の御祭神は産土神(うぶすながみ)と申し上げます。

自分にとって最も縁が深い神様ということです。

 

 

龍索堂は長年、熱田神宮をはじめ、

尾張一族ゆかりの神社へお参りしてきました。

 

5代前は、父方も母方も岐阜県出身ですので、

尾張一族とは何の関係もありません。(あったとしても遠い)

しかし、龍索堂は熱田神宮のすぐそばで生まれて、

両親は初宮参りに熱田神宮へ行ったので、

熱田の大神様が産土神ということです。

 

このように、貴方に困った事や悩み事があるのなら、

産土神社に気軽に参拝して、心の内を話してみてください。

子孫である、貴方のことは神様も覚えていて

気にかけているでしょうから、きっと、答えをくれるはずです。

 

生家から遠くへ離れた人は、

引っ越し先の神社へ行ってご挨拶すると良い。

“このたび、当地に越してきました○○と申します。

以後、宜しくお見知りおきを”って。

まるで昔の渡世人が切る仁義のようですが、

旅先で地元の顔役に挨拶するのは、昔の日本人の礼儀だったのです。

 

 

神社へお参りしても、龍索堂夫人のように、

誰もが神様の声を聞けるわけではありません。

(龍索堂も聞いたことがない。

夢告で聞いても忘れているのかもしれませんがwww)

 

その場合は、御神籤(おみくじ)を引きましょう。

 

龍索堂は、2種類の御神籤の引き方をします。

(1)願い事や困り事がある場合 ⇒ その事を心に思いながら引きます。

(2)願い事や困り事がない場合 ⇒ 何も思わないで引きます。

 

御神籤とは神意(神様たちの意思)ですから、

心静かに、示されている事に従いましょう。

その結果については、いっさいの文句を言ってはなりません。

また大吉が出るまで、何度も引いてもいけない。

(たった100円〜200円程の小銭を払っただけで、

自分の望む未来を求めるのは失礼です。

また、そういう行為をしても、望む結果は変わらないんです)

 

どうしても良い御籤や望む未来を願うのなら、

「神恩感謝(しんおんかんしゃ)」と3回唱えてから引くとよいでしょう。

 

多くの人は、願い事や困り事がある場合に、

大凶が示された時には「残念だ(ハズレだ)」、

大吉が示された時には「おお、当たりだ」と思います。

 

龍索堂は、大凶こそが最高の神意と思っている。

なぜなら最低の状況というのは、上るしかないから。

その反対に大吉は、暫く経つと運期が下りはじめるので要注意です。

 

人間は、四季が巡るように、

運期の高低の波に乗って生きていることを忘れてはいけません。

良い時ばかりはないのと同じで、悪い時ばかりでもないんです。

 

 * * *

 

神社とは、もともと一族の首長(上:カミ)の住居だった場所に、
死後になって、古墳(お墓)を作って礼拝する所でした。

ですから、大神神社や三上神社のように、

山そのものが御祭神となっていて

里では礼拝所がある神社形式が最も古いのです。

 

三河国一宮の砥鹿神社のように、

里宮・奥宮を併設している神社もありますが、

愛知県内でも、ほとんどありません。

 

古代人にとって、山は死者(カミ)の帰る墓所

(多くの祖先がいらっしゃる場所)でした。

 

そして周囲に山が無いか、あっても遠い場合は、

山の代わりに古墳を造りました。

その一画に磐座(いわくら)を置いた。

(玄室として山の下に埋めた)

この場所を神々が降臨する聖所としたのです。

これを神籬(ひもろぎ:依り代)と言います。

 

私たち日本人の遠い祖先は、

太陽、月、荒ぶる火山、深い海、美しい山、巨石、巨木に

神が降りてくると信じました。

それらの奥にある尊い働き(人間にとっての恵み)を、

カ ミ(火と水)、上、神と呼んだのでした。

 

後に、稲作中心の社会になると、

神々は春に山から降りて来て田畑に恵みを与えてくれる、

そして秋には山へ帰る。

つまり神様も旅をしていると見たんです。

(山車の巡行や、神輿の練り歩きはその名残です)
 

春祭りは神迎えの祭り、秋祭りは神送りの祭り。

これが稲作を生業とする人のお祭りでした。

 

 

やがて、この国に仏教が入ってきて寺院が建立されるようになると、

それ以前からあった神道も、仏教のように教義を整えて、

立派な神社建築物を作って祭祀するようになったのです。

 

しかし、仏教の影響を受けて、

どれほど神道が近代的になろうとも、

生き残るために神仏混淆になろうとも、

磐座(いわくら)神籬(ひもろぎ)

これこそが、神の宮の中心であり、

日本の神々を奉斎する神職や氏子たちにとって

最も尊い聖域なんです。

 

 

なんか、神職でもないのに、

「そうだ、神宮へ行こう」みたいな記事になってしまいました。

 

今月は、龍索堂の誕生月ですので、

大目にみてください。www

 

あ、それと、全国各地の有名な神社へお参りしたい人は、

<玄松子の記憶>さんのHPを見てくださいね。

とてもよくできています。

 

 

いつもお越しくださる方、

ときどきお越しくださる方、

お越しくださってありがとうございます。

 

 

[今日の名曲]

 

「"AVE MARIA" (アヴェ マリア)」

Played On 1905 MIRA 18 1/2 Inch Concert Grand Console Music Box

を聞きながら、

皆さまの身心の安寧と意識の進化を祈ります

龍索堂拝具

 

 

真清田神社

  • 2017.02.14 Tuesday
  • 14:14

 

 

 

 

皆さまは息災でお過ごしでしょうか。

龍索堂夫妻は、大地と日月星辰の加護をいただいて、

毎日気楽に過ごしています。(^^)v

 

今日の記事は、少しだけトンデモ話です。

 

 * * *

 

今年のお正月のことです。

毎年のように、尾張国一宮の真清田神社へ初詣に行きました。

熱田神宮ほどではないにしろ、とても混雑していました。

そこでお札を授与してもらい、帰る車の中で妻が言ったんです。

 

「“真清田神社には、毎年お参りしてるけど、

伊勢神宮や「熱田神宮こころの小径」

のような清々しい気持ちにならない”って、

ちょっと怒り気味に神様にいったのよ。

そしたら、声が聞こえたの。

“こんど2月にお参りに来なさい”って」

 

『ふ〜ん。そうなの?!』

内心はビックリ!!!

ほんとに天火明命と話をしたのか!?

あの、伝説の神ニギハヤヒ様と!!!(*_*)

 

「そう。“こんど2月、たぶん11日にお参りに来なさい”って言われた」

 

『お正月に、尾張国一宮(真清田神社)、二宮(大縣神社)、三宮(熱田神宮)へ

初詣することを決めてもう30年ちかく経つね。

けれど、真清田神社は騒々しくて幽玄さを感じないから、

初詣は熱田神宮だけでもいいかなって、

今年、ぐうぜんオイラも思ったんだよ。

平日はけっこう穏やかで良い感じのお宮なんだけどね』

 

「あたし、平日には来たことないわ」
 

『それじゃ、こんど2月11日お参りしようか』

 

「うん・・・」

 

龍索堂の奥さんは、

賑やかなお祭りを見るのは好きだけど、騒がしい場所は嫌いです。

特に、神社仏閣は神韻縹渺としているのが好きなんです。

 

 

そして2月11日、朝から細雪や霰が降っています。

 

「今日は、どうかしら?」

 

『ああ、天候は雪模様だね。日本海側はすごい雪が降っているそうだよ。

でも、きっと良いんじゃないかな?』

 

「そうかしら・・・・」

 

いつものように、龍索堂夫妻のお気に入りの喫茶店

カコ三蔵店へ行ったら、とても混んでいました。

最近は、名古屋へ来る観光客が、たくさん来店しています。

カコ花車本店カコ三蔵店は、

名古屋の喫茶店特集をすると、必ず上位に登場するから。

(※カコ三蔵店は、今年からお店でパンは焼いていません)

 

 

それから、名古屋高速で一宮へ向かいました。

空は雪が降りそうな曇り空でした。

 

ところが、一宮に近づいて空を見ると、そこだけ雲がなくて晴れてる。

 

『おいオマエ。あそこ、一宮の空は晴れてるよ』

 

「また〜。だって周りは全部曇っているのに(妻は視力が弱い)」

 

一宮東インターにかかる頃には

「ほんと、ここだけ晴れているわ。なんで?」

 

『わかんないよ。オマエを呼んだ神様のお手配じゃないの?』

 

「そうかなぁ〜」

 

そして、真清田神社の横にある駐車場へ停めて、参拝しました。

地面は昨日の雪が融けて濡れていたけど、

お正月と違って、参拝者もほとんどいなくて、とても清々しい境内でした。

 

 

 

この楼門カッコイイので気に入っています。

 

 

屋根が白いのは昨日積もった雪が残っているからです。

 

 

 

屋根の左上のポール(避雷針?)の上に見える黒い点はカラスです。

 

 

 

東門の辺りには烏骨鶏の雄がいて、元気に鳴いていました。

 

 

近づいてくる鶏を見ているのは龍索堂夫人です。

 

 

 

 

 

境内にある摂社、服部神社です。

御祭神は、萬幡豊秋津師比売命様です

(よろづはたとよあきつしひめのみこと)

 

 

 

 

境内にある摂社、富島稲荷神社です。

 

境内をゆっくりと一巡して、摂社にも参拝し終わりました。

 

 

帰りに名古屋高速に乗って見ると、やっぱり周囲の空は曇っている。

バックミラーで見ていたら、すぐに一宮の空も曇りだした。

『ほら、オイラたちが帰ると、空が曇りだしたよ』

 

「あっ、ほんとだ」

 

『オマエさん、よっぽど神様に愛されているんだねwww』

 

「そんなことないわよ〜www」

 

『でも“2月11日に来て”って言われたんだろう?

神様から“来てね”って言われる人は少ない。

オイラも普通の人よりオカルト話を聞いているけど、

御祭神さまから招待されたなんて聞いたことがない。

よほど神様に気に入られているんだねwww』

 

「そうかな〜。よく分かんないわwww」

 

『来て良かったね』

 

「そう、来て良かったわ♪」

 

参拝して良かったです。

天火明命様は顕在でいらしたから。

 

 * * *

 

龍索堂は、30歳頃、お正月に初詣する順番を、

尾張国一宮(真清田神社)、二宮(大縣神社)、三宮(熱田神宮)に決めたのですが、

それまでは、熱田神宮のそばで産まれたので熱田神宮ばかりへ行っていた。

 

よくよく考えてみると、この一二三の順番は、

古代の尾張国府(愛知県稲沢市)から近い順という説もあるけれど、

大和葛城の高尾張邑からやって来た尾張一族が、

一宮(真清田神社)→二宮(大縣神社)→尾張戸神社(当国神社)

→白山神社(二子山古墳群)→熱田神宮へと

南下して来たのだろうと思っているんです。

 

尾張一族が、なぜ一宮から熱田の土地へ南下して来たのかは謎ですが、

縄文海進期が終わり、海岸が遠くなって

(年魚市潟あゆちがた)のような干潟が多くなったため、

時代と共に、だんだんと降りてきたんじゃないか、と思います。

 

 

 

 

 

尾張古図は、偽書とも言われていますが、

縄文海進期を想定して、

フロードマップ で潮位9mを見ると、

似たような地図になります。

この海を見ると、古代は琵琶湖の3倍もあった「東海湖」の名残だと分かります。

 

湖底には、良質の粘土層が堆積するため、

愛知県西部〜岐阜県南部は、全国でも一番の陶器の産地になったのです。

 

 

 

 

1300年前の愛知県は、ほぼ水浸し(古地図)


尾張古図

 

年魚市潟(あゆちがた)

 

愛知の古墳情報

 

月給取道_喫茶の術_風水の巻4(部分改訂)
2015.03.19 Thursday07:00

 

 

 * * *

 

「おはり」は「おわり」ではありません。

古墳時代に、大和葛城地方の尾根が張った高原を「尾張」と呼んだんです。
そして葛城国高尾張邑にいた部族が、現在の尾張地方にやってきたのが尾張氏と言われています。

 

尾張地方の名前で共通しているのは、

<お はり>という読み方です。

尾針、尾治、尾墾、小治、小墾、高針、平針、小針、小幡、針綱、

など、後付けの漢字そのものはには、深い意味はないんです。

 

 

・・・・・あと1回続きます。

 

 

 

 

いつもお越しくださる方、

ときどきお越しくださる方、

お越しくださってありがとうございます。

 

 

[今日の名曲]
フランソワーズ・アルディ 1968年のヒット曲
「Comment te dire adieu ?(さよならを教えて)」

 

 

を聞きながら、

皆さまの身心の安寧と意識の進化を祈ります

龍索堂拝具

善と悪-2

  • 2017.02.12 Sunday
  • 12:12

 

 

皆さまは息災でお過ごしでしょうか。
龍索堂夫妻は、大地と日月星辰の加護をいただいて、
毎日気楽に過ごしています。(^^)v

 * * *


龍索堂は思うんです。

世界最先端技術の人工知能スーパーコンピュータに、
日本国の三権(国会、内閣、裁判所)全てを運営させたらどうだろう?
そして全国民にマイクロチップを埋め込んでリンクさせる。
立法・地方行政、裁判に関わる全ての決断は、
全国民の意思を抽出集計すればいい。


また、全国民に埋め込んだマイクロチップと、全国に置いたカメラによって

全国民を監視し続ければ、警察も裁判所も官公庁市役所も不要のはず。

 

もし、国家元首が必要なら1週間交代で国民1人を抽選で選ぶ。
「今週の日本国元首は、60歳で自宅警備をしていた○△□子さんです」www

 

総務省統計局によれば、
平成28年(2016年)12月分 (2017年1月31日公表)の就業者数は6466万人。


日替わりなら6466万日に1回、日本国民全員が代表になれます。
もちろん、*現在日本の宝くじ(当選確率100万分の1)よりは高確率ですが。


*夢が壊れる!?宝くじの種類別に1等当選確率を計算してみた結果

ジャンボ宝くじの1等当選確率は雷に撃たれるのと同じ!?

 

抽選がイヤなら、北海道から五十音順でもいい。

もちろん、日当2万円を支払います。
その業務は、国際会議や記念式典に座っているだけでいいので、

何の知識も経験も必要ない。

どうです?


それが出来れば、代議員も、選挙制度も、官公庁も、公務員もいらない。
全国にある官公庁の土地建物も運営費も人件費もすべて必要なくなる。
既得利権がなくなれば、それにしがみ付く腐敗構造もなくなる。

そして、最低限必要なのは、コンピュータを設置する技術者だけ。

(やがて、それも自動ロボットに替わってゆく)

 

これで、現在の立法・行政・司法に支払っている

税金の無駄使いすべてが無くなります。

 

人工知能スーパーコンピュータに見張られていても、

法律違反を犯さないていどなら、
居酒屋で飲み潰れても、美しいお姉さんやお兄さんと遊んでも、
スーパーコンピュータは、大目にみてくれるでしょう。www

 

 

映画 「エネミー・オブ・アメリカ(Enemy of the State)」のテーマだった、
国家によるプライバシー侵害のように、
コンピュータ管理社会を否定する人もいるでしょうが、
でも、コンピュータ管理社会に生まれた人は、それを当然と思い、
そうでない社会は粗雑で野蛮な社会と思うはず。

 

 

龍索堂だってコンピュータ管理社会に成ってもらいたいわけじゃない。

映画ターミネーターのように、

「人間の存在は非合理的で世界を崩壊させる原因」として、

ロボットたちに抹殺されてしまうかもしれませんから。

 

けれども、現代のように「混迷を続ける政治・経済」を見ていると、

それ以外に方法はないのではないか?

もしあるのなら、それ以外の方法を提示してもらいたいと思っているんです。

 

 

 

龍索堂が知っているのは、アイザック・アシモフの記した名著

「銀河帝国興亡史(ファウンデーションシリーズ)」

人類の行く末を見守ってくれるような、
ヒューマンフォーム・ロボット(アンドロイド)に登場する

R・ダニール・オリヴォー

 

 

 

それと、

【アナスタシア・ロシアの響きわたる杉シリーズ5巻

『私たちは何者なのか』】

に記されている、

『新しいロシアの子供たちが発見する「新エネルギー」により、

現存する全ての兵器、銃、弾薬は無効になる』

これくらいだと思うんです。

 

もちろん、どちらも小説ですwww

 

しかし、人間の集団や社会は、

こういう個人の抱いた夢や幻想に向かって、

ゆっくりと進んで行くことが多いように思うんです。

 

現代のロボット科学者たちは、

アイザック・アシモフ、アーサー・C・クラーク、ロバート・A・ハインライン、

フィリップ・K・ディック、ジェイムズ・P・ホーガンが、

SF小説として描いたロボット社会を目標にしていて、

それを現実に創りつつあります。

 

 * * *

 

また、龍索堂はこうも思うんです。

 

『たとえ1%の若者が熱い闘志を抱いたところで、
99%の既得利権にしがみついている

老人集団に立ち向かうことなど不可能なこと。
それは世界でも同じだと思う。

 

政治家に大胆な政治制度改革ができないように、

公務員も公務員制度改革をすすめることは難しい。

彼らにとっては既得利権を新設して増やすことは出来ても、

減らす方向へ持って行くシステムが無い。

ということは、結局、今までと何も変わらないじゃないか・・・


既得利権者を一掃したいのなら、フランス革命や明治維新のように、
改革者たちによって政府転覆のための軍事クーデターを起こすか、
戦争を待つより他にはないのかもしれません。
けれども、改革者たちが、新しい権力者になったなら、
次世代の改革者達から暴力的破壊活動によって、一掃される運命にある。
それを防ぐためには、軍事独裁王朝を築く以外に道はない。
数多くの軍事独裁王朝が、

歴史の中に登場してやがて衰滅していったのと同じように。
悲しいことだけど、そう思うんです』

 


人工知能スーパーコンピュータを導入するならば、
既得利権者を一掃するために、革命やテロ、あるいは戦争を待つ必要もない。

しかしその方法でも、既得利権者たち日本の全政治家や公務員や、

それに関わる仕事をしている全ての人を敵にすることになります。

だから無理なんだろうな。www

 

 * * *
 

そういえば、昔、ある団体にいた時、保守勢力と改革勢力の抗争を

すぐ間近で見聞きしていました。


元はといえば、自分の問題を解決するために集まった人によって出来た組織でした。

しばらく経つと、若い大学生年代が中心となった集団が増え始めたんです。

そして、その勢いは急激で、全国に勢力を伸ばし始めた。

それを見たとき、なにか異質なことが起こっているんだと感じました。

 

そして間もなく、若い大学生年代集団は、

既存利権者たちに恐れられはじめた。

(いつの時代も、どこにでもある現象でした)

 

既存組織=利権者側のスタッフだった龍索堂は、

個人的な心情としては、

新しい未来を望む点では改革者を支持していましたが、

既得利権者たちからは自分たちの仲間、
改革者からは自分たちの陰の賛同者と思われていた。
でも、実際にはどちらにも与しない中立でした。

 

そのどちらの主張も「組織を存続させる」という意味では正しかったんです。
違っていたのは、それを達成するための手段でした。

 

だから、既得利権保持者と改革派の抗争の中、
巻き添えで組織を辞めた当時の龍索堂は、

『団体の特性を活かして、この社会、日本、世界を少しだけでも良くして行きたい』

との心残りはありました。

 

今でも、『この社会、日本、世界を少しだけでも良くして行きたい』

との思いはあるんですが、

その団体は龍索堂には向いていなかったと諦めていて、

どちら側にも、未練も恨みも持ってはいません。
 

その渦中で、無実の人を恣意的に陥れた人は、
(すべての罪は清算されていないとしても)
それに相応しい報いを受けたと思っています。

 

もちろんそうは思えない人もいるでしょう。

けれども、そう思えない人たちというのは、

当時、改革の中心にいて、

今でもその純粋な精神を失っていない特別な人だけなんです。
みんなそれぞれが、利権者達との折り合いという妥協を学習しつつ、

今ではもう、お互い歳を経たのだから、

昔を思い出して怒らないように。

誰に向けて言っているんでしょうwww

 

- - - - - - - - - -

 

「都会では自殺する若者が増えている
だけども、問題は今日の雨、傘がない」
と井上陽水が昔歌ったように、

 

崩壊直前ギリギリの家系に生まれた龍索堂にとって

10代から20代にかけての問題は、自分個人だけでした。

 

龍索堂の選択肢はたった2つだけ。
(1)何もしないで家族と自分を崩壊するままに放っておく。
(2)どうにかして、家族と自分を改善するよう取り組む。

 

とうぜん自分の中には、政治の安定も、経済の発展も、

ましてや世界平和なんて大それた目標はどこにもなかった。


龍索堂より少し前に団体に加盟した知的レベルの高い先輩たちも
“なんとかして、自分をより良い状況、より高い状態へ持っていきたい。

“自分のことだけでも精いっぱいなんだから、他人の面倒を見るのはムリ”
ましてや、高尚な目標を掲げてそれに向かって行くのは、自分の仕事じゃない”
と思っていた。


だから、龍索堂から上の年代の先輩たちは、
権力争いや政治ゲームは興味がない人が多かった。

 

だって、それはサル山のボス争いと同じで、
若い改革者が既存権力者を倒しても、
新しい権力者が生まれるだけ。
その権力争いには、終わりはないんだものwww

 

そういう龍索堂は、遠巻きに見ているだけでおなかいっぱい。
中道とか日和見とか呼ばれても、思われても、
“その批判すら、自分には関係ない”って思ってた。

 

善と悪というタイトルだったけれど、

いつの間にか、全体の問題と、個人の問題どちらが優先するのか?

の話に変わってしまいました。

それでも続けます。www

 

 * * *

 

野口晴哉先生の言われた「体癖」によって人間を分類すると、
全体の問題を優先したいタイプと、
個人の問題を優先したいタイプに分けることができます。

 

 

積極的に行動する、前後型5種の人たちは、

「1人だけになっても行動しよう」と言いました。

 

消極的に行動する、前後型6種の人たちは、

「みんなを集めて集団で行動しよう」と言いました。

 

積極的に勝とうとする、捻れ型7種の人たちは、

「勝つために個人それぞれが頑張ろう」と言ました。

 

消極的に負けまいする、捻れ型8種の人たちは、

「負けないようにみんなで頑張ろう」と言ました。

 

それらを合わせると、

「個人の幸福なんて気楽な事を言っていられるのは、
みせかけとはいえ平和な国に住んでいて安心、安全を感じているからだ。

自分のことだけじゃなくて、もっと大きな事を目標にして生きるのが男子の本懐だ」
などと熱い言葉を聞かされたんです。

 

今でも、会社でスポーツでそう言われることがありますね。www

 

野口先生がすごい人だったと思うのは、

龍索堂は、本当にこのように聞いたんです。

そして、これからもそれと同じことを聞くのでしょう。

 

*野口整体 白山治療院通信

 

*身体気法会 体癖による個性

 

*コミュニケーション力をつけるリーダーのための自己啓発通信講座

 

*お待たせしました!「体癖写真」を公開いたします
↑シャンティ・フーラさんありがとう。

こういう画像を待っていました。 m(_ _)m

 

*「リーダーの人間行動学―人間を見る力を鍛える」佐藤 直曉  (著)

 

 

でもね、龍索堂は上下型1種+9種(誇大妄想+本能的集中)なんです。
頭の中で考えて運動会をして終わりというタイプ。

5種、6種のように、

「行動しながら考える」「行動してから考える」

7種、8種のように、

「勝つために行動する」「負けないために行動する」

タイプとは思考や行動が異なるんです。

 

だから、主義主張が同じでも手段はまったく違う。

そして、特にやっかいなのは、

行動が好きな5種、6種、7種、8種体癖の人たちが、

行動しにくい他の体癖の人について理解できないことなんです。

 

身体でいうと、

腰骨が柔らかい人は行動に主を置きますし、

腰骨が硬い人は計画に主を置く。

人間の違いは、いつもそうですが、

運動の基となる腰骨の可動域の違い(硬さ、柔らかさ)が原因で

問題と解決方法と結果が二分されることが多いんです。

 

だから、問題解決のために、

個人的行動をしたい人。集団的行動をしたい人、

そのどちらも、どうぞどうぞって感じ。
と答えると、行動が好きな何人もの人に、

「自分と家族のことだけじゃ、人生は面白くないじゃないか」

と言われたけれど、
『これが自分の人生なんです』と答えた。
どのみち、無愛想でつまんないA型ですからwww

 

なにより龍索堂は、

既得利権保持者打倒の為にこの世界に来たんじゃなかった。

崩壊しかかっていた自分の身心と、

家族とをなんとかしなくちゃいけなかったんです。

(家族や親族は、それについて誰も取り組んでいなかったから)


多くの人は、知らないけれど、
断絶直前の悲惨な家系の再興に取り組むのは、
ちっぽけで簡単な事じゃないんです。
だって、負の連鎖を繰り返してきた
100人ちかい直近の祖先たちへ毎日欠かさず廻向して、

彼らが行った生前の不調和・負の遺産を解消する必要があるんだから。

 

「祖先達が残した負の遺産なんてどこにあるのか?

あるなら、それを目の前に見せてくれ」
 

『龍索堂と家族の意識と、それを取り巻く空間にあって、
それがいつも自分たちの内外に破壊的衝動を生み出している』

 

「また、いつもの妄想なんだろ」
 

『そう、その妄想を現実に見たことがないだろうけど、見えると怖いよ』
 

「・・・」

 

『多くの悲惨な人生を見たいのかい?』

 

「・・・いいや、やめとく」

 

『そう言うと思ったよ。www』

 

 

組織責任者に多い5種、6種、7種、8種の人たちがいつも熱く言うように、

「行動しながら考える」「行動してから考える」

「勝つために行動する」「負けないために行動する」

彼らの言いたいことは、どれも、とてもよくわかるんです。

(その一部は自分の中にもあるから)


でも、もうそろそろ、

『目標に向かう積極的な行動や、

大声で勝とう・負けまいと行動することが正義で善なんだ。

目標に向かおうとしない消極的な行動や、

勝とう・負けまいと行動しないことは不正で悪なんだ。

との個人的正しさを

他人に押し付けることは終わりにしてもらいたい』

と思っているんです。

 

それは、龍索堂のような上下型1種2種(頭脳型)や、

3種4種(感情型)、9種10種(本能型)のタイプにとっては、

苦痛でしかないから。

 

“いったい誰にむけて言っているのか”って?

『さて、誰なんでしょう。』

この記事を読んでくださっている、全体2割くらいの人に向けてです。

もちろん、龍索堂の中にある

行動型、捻じれ型が好きな思考に向けてもですが。www

 

 

いつもお越しくださる方、
ときどきお越しくださる方、
お越しくださってありがとうございます。



今日の名曲
アミラ・ウィリハーヘン
「O Mio Babbino Caro(私のお父さん)」
プッチーニ 歌劇『ジャンニ・スキッキ』より

Holland Got Talent / Amira Willighagen 26 oktober 2013

(ENGLISH SUBTITLES)

 

 

天使のような少女の歌声を聞きながら、
皆さまの身心の安寧と意識の進化を祈ります
龍索堂拝具

 

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