見捨てられた勲章

  • 2018.02.19 Monday
  • 23:23

 

 

皆様はつつがなくお過ごしでしょうか。

 

龍索堂も妻も家族も

大地と日月星辰のご加護をいただいて、

息災で過ごしています。(^^)v

 

 

今日も雲の画像を紹介いたします。

 

「どうして最近は雲ばかりなんだ!」って?

『スイマセン、他に紹介するものがないんですよ』www

 

 

 

 

 

 

 

雲たちはいつも綺麗な夕焼けを見せてくれるので、

じつにありがたいことと感謝しています。

 

 * * *

 

龍索堂は昔から穏やかに仕事をしようと思っているんです。

けれども、そうはいかない状況にいることがとても多い。

 

表面は穏やかに見えるんですが、

内に強い闘争心を持っているのを気づいた人からは気が強いと言われます。

<第三者評価です:本人はこれが普通と思っている(^^;)>

 

でも最近は、他人が評価するように、

少し気が強いのかな・・とも思い始めているんです。

(みんなオイラ程度の闘争心ぐらい持ってると思うけれど)

 

だからなのか、希望や願望も人一倍強く、

その為に望みどおりに行かず

絶望を感じる場合も人一倍多い。

 

“いつも絶望を感じるのなら、

そんな希望なんていっそ捨ててしまえばいいじゃないか”

と思ったことも数えきれないほどありました。

 

また、“自分のことならどうにかするけれど、

他人を望むとおりに動かすのは難しいな”

そう思う時は、どうしようもなくつらいと感じるんです。

 

以前は思い通りに行かない時に、

怒りのエネルギーを発散させて仕事に向けていました。

 

しかし若いうちはともかく、年を経てくると

肝臓をはじめ内蔵たちが激情の戦闘モードに耐えられなくなるんです。

(キレル=不安や怒りの状態は血液凝固の状態になり、

これが長く続くと高血圧になります)

 

 

人間として感じる怒りや哀しみの感情を

吹き飛ばす方法はいろいろあるけれど、

最近は雲たちにそれをしてもらっています。

 

だから、感情の起伏が激しい時は空を見上げて

夕日や雲と無言の会話をしているんです。www

 

太陽も雲も、地球上にうごめく人間を遥か彼方から見ている。

(我々がアリを見るように)

そして膨大な量の水を世界各地へ届けるために

風に乗って地球上を駆け巡る雲たちは、

一瞬で人間の感情を変化させることができるんです。

“人がそれを強く望み→雲たちが応えてくれれば”

ですけどね。

 

若いころ、大空を風に乗って舞う虹色の雲たちに

そんな力があるとは思わなかった。

けれども、最近は雲と意思の疎通ができるようになって来た。

(・・・・ような気がします)

 

いつものことですが、

オジサンにありがちな妄想と笑って忘れてください。www

 

 * * *

 

龍索堂の誕生日を祝って

妻は私の産土神である熱田神宮への参拝に誘ってくれたので、

久しぶりにスーツにネクタイ姿でお宮参りへ行きました。

 

祈祷殿で年祝いのご祈祷をしてもらったら、

他の人達が申し込んでいた「浦安の舞(巫女舞)」もオマケについてた。www

 

舞の間、目を閉じていたら、

ほんとうに真っ暗で音も無い闇の世界へ行けたんです。

舞が終わる数分後に目が覚めたら

熟睡して起きた時のような爽快感がありました。

うたた寝じゃありません。www

 

それから帰り道の参道横で、

忙しそうに歩いている鶏を見つけました。

(鶏は熱田大神のお使いとされているので、

境内で放し飼いされているけれど、

こんなに体格の良い鶏は初めてみました。)

 

そして黒柳徹子さんのように動物に話かけてみた。

『おお、いい体格してるじゃないか。

今から写真を撮るからね、そこで止まって。

そう、そのまま今度は顔をコッチへ向けて。

そ〜うです。そのまま動かないで。

(カシャ・カシャ)

オッケー!、ありがとうね。もう良いよ。』

 

 

そしたら、また忙しそうにうろうろして何処かへ行ってしまった。

 

龍索堂が写真を撮るために鶏に話しかけていたのを

後ろで見ていた夫人や周囲の人たちはクスクスと笑っていました。

 

『ほら、綺麗に撮れたでしょ』

「ほんとに出来るんだ、黒柳徹子さんみたいに」

『ああ。昔、小鳥を飼っていたし、

鶏も雛から大きくなるまで育てたことがあるからね。

鳥たちとは仲が良いんだ』(^^;)

 

 

鳥といえば、誕生日の前日に雲たちが祝福してくれました。

いつもは龍の形が多いのだけれど、

その時は南向きの黒い鳳凰でした。

 

 

 

この画像を夫人に見せて

『鳳凰といえば赤か白なのに、なぜ黒なんだろうね?』

「さぁね〜」www

 

てな話をしていたら、

その翌日に北向きの大きな白い鳳凰が現れた。

 

上の画像が下の画像に数分で変化したんだけど、

その間に伊藤若沖の描いたような白い鳳凰が現れたけれど撮り損ねました。

みなさんにも見せたかったです。(T_T)

 

 

 

 

 

誕生日の前日に黒い鳳凰、誕生日の翌日に白い鳳凰。

う〜ん、なんだか意味深です。

 

黒い過去を南に捨て去って、白い未来の北へ向かえ

ってことなんでしょうか。

 

以上、鳥つながりの誕生日でした。www

 

 * * *

 

見捨てられた勲章

---やっとタイトルにたどり着いた。(^^;)

 

以前、勤めていた会社の

先代経営者の遺品が残してある部屋を訪ねたことがありました。

そこには立派な神棚や仏壇、表彰状や勲章が置いてありました。

 

しかしその部屋、

家族に見守られることのない

遺影や勲章や表彰状のある部屋は

異様な冷たさの白い世界でした。

 

生前は地元の業界で出世した成功者として扱われていたけれど、

高齢とともに認知障害となり、

家族も分からないまま亡くなっていった。

 

生前、何十年も何百万円もかけて手に入れた勲章が

放置されていたのを見たのがショックでした。

(龍索堂は、一流ホテルの豪華な叙勲パーティーを見たことがあるんです)

 

どれほど苦労して手に入れた物であっても、

亡くなったらそれで終わりなのか。

 

人が世間において目指している「出世」とはいったい何なのだろう。

あの故人は、いったいどんな気持ちで子孫たちを眺めているのだろう・・・。

 

 

仏教では、資産を蓄えて社会的名誉を得ることを<世間福>と言います。

そして霊的完成に至ることを<出世間福>と言います。

 

一般常識では、世の中に出て名を成すことを出世と言いますが、

仏教用語では、世の中(人間世界)から超越することを出世と言う。

ですから「出世する」は、

一般的に使われるのと仏教用語では正反対の意味なんです。

 

一般常識:出世する(世俗の中における達成)

仏教常識:出世する(世俗の中から超越する)

 

 

な〜んてことを知っていながら、

龍索堂はどちらの出世にも至りませんでした。

たぶんこれからも、、、難しいんでしょうね。

 

 

ということで、龍索堂と夫人は

世俗を享受しながら、霊的世界に憧れつつ、

この世界での残り少ない時間を過ごします。

 

そして今までもそうだったように、

人生はこれからもきっと、

思う通りにはいかないのでしょうね。wwww

 

 

龍索堂の旅はもう少し続きます。


 

いつもお訪ねくださる方々、

ときどきお訪ねくださる方々、

お訪ねくださって、ありがとうございます。

 

名曲「I will Always Love You 」を聴きながら、

お訪ねくださった方々の身心の安寧を祈ります。

龍索堂拝具 m(__)m

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意思ある雲

  • 2018.02.11 Sunday
  • 11:11

 

皆様はつつがなくお過ごしでしょうか。

 

龍索堂も妻も家族も

大地と日月星辰のご加護をいただいて、

息災で過ごしています。(^^)v

 

 * * *

 

最近は特記するような記事がありませんので、

読んだ書籍を紹介いたします。

 

どちらも素晴らしい良書ですので、

あえて書評はいたしません。www

 

 

 

 

 

 * * *

 

それから雲の画像を紹介いたします。

 

『雲には意思があるんだ。

たんなる水の集まりなんかじゃない

と思っている変なオジサンなので。www

 

2月10日

 

2月7日

 

 2月7日

 

 2月4日

 

 2月7日

(スマホレンズでは撮影できなかったけれど、太陽に最も近い雲が彩雲でした)

 

 * * *

 

最近の龍索堂は、いつも空を見上げて

太陽の光を受けて七色に輝く雲たちを見ています。

 

それは人間が表現しようと思っても

決して描くことができない、

神秘的で豪華絢爛なショウです。

 

雲たちを見るとき

『この世界は常に不思議な奇蹟にあふれていて、

私たちはそれを見過ごしているだけなんだろうな』

そう思っていると、

一年に何度かは彩雲(瑞雲)も見せてもらえる。www

 

 

そういえばこの前、夜10時過ぎに7〜8歳の痩せた中国人少女が来て

“I Want Chopstick (お箸をください)”ってカタコト英語で言ったんです。

少女が好きな龍索堂は『Yes I Understood』って答えたら、

その後ほんとうに可愛い声で

“サンキュー,アイアム ハングリー”って言うので思わず笑ってしまった。

そしてお箸を上げて二人で目を見合わせて笑っていた。

少女と無邪気に笑い合ったのは記憶にないほど久しぶりでした。

 

そのあとで思ったんです。

『人が発する無邪気な声も笑顔も、

雲たちと同じように奇蹟なんだろうな』って。

 

 

今、つらい思いをしている人は、

マンディ ハーヴェイの「Try」と「Smile」

ぜひこの奇蹟のような歌声を聴いてください。

 

聴覚障害によって音が聞こえなくなった彼女が

自分で歌を作り他人に聞かせている。

それがどれほど困難を極めるのかは、

私たちの想像を越えています。

 

「本人と家族が拭った涙の重さを量ることはできない。

けれども、そこから立ち上がることはできる。

人は生ある限り歌を歌って生きているんだから」

と彼女は言っているように思えます。

 

しかし、そんなことを臆面にも出さず、

彼女はただ笑って歌う。

 

いまこの記事をネットカフェで書いているんだけど、

彼女の作った「Try」を聴いたらまた涙ぐんでしまった。(T_T)

 

 

今回はいつになく短い記事になりました。

でもたまには良いか。www

 

 

いつもお訪ねくださる方々、

ときどきお訪ねくださる方々、

お訪ねくださって、ありがとうございます。

 

マンディ ハーヴェイの歌を聴きながら、

お訪ねくださった方々の身心の安寧を祈ります

龍索堂拝具 m(__)m

 

 

 

ラジオ深夜便

  • 2018.02.03 Saturday
  • 13:33

 

1月25日の夕焼け

 

皆様はつつがなくお過ごしでしょうか。

 

龍索堂も妻も家族も

大地と日月星辰のご加護をいただいて、

息災で過ごしています。(^^)v

 

 * * *

 

 

 

 

龍索堂は20歳から数十年、

つねにポーターバッグに書籍や文献を入れて

朝晩かかさず読書学習をしていました。

 

でもこの1年間マトモに読書をしなかったんです。

 

こんな1年は成人してから始めてでしたが、

2月4日にようやく新年(旧暦)が明けて運期の底を脱するので

再び学習考究を始めようと思います。

 

 

とりあえず、おさらいを兼ねて、

竹村先生と奥田先生の著書を求めて学習中です。

 

竹村公太郎の「地形から読み解く」日本史 (宝島SUGOI文庫) 


欧米人とはこんなに違った 日本人の「体質」

科学的事実が教える正しいがん・生活習慣病予防 (ブルーバックス) 

奥田 昌子

 

 

竹村公太郎氏の「地形から読み解く」日本史を読んでみて、

愛知県に「東海湖」、三重県に「古琵琶湖」、

大阪に「河内湖」があることは知っていたけれど

奈良県に「奈良湖(大和湖)」があったことは知らなかった。(^^;)

もっと精進しますです。www

 

 

それから、ネットでみつけた良い記事はこれです。

<「日本はナショナリズムから卒業した」思想史家が語る明治150年>

便利な時代になって本当に助かっています。

 

 

みんなも読んで学習してくださいね。

 

人間は常に自ら学習して向上を目指さないと、

すぐに洗脳されてしまうんです。

そして他人の見解をいつしか

自分の見解と勘違いしてしまうから。

 

私たちの身の回りには常に情報があふれています。

(龍索堂の読書中止はその実験でもありました)

テレビや新聞は相変わらず、

与党政治家の発言をあげつらったり、

天候不順、人口減少、杉花粉飛来、大寒波、熱帯夜、

ゲリラ豪雨、凶悪犯罪、芸人の不倫、高級官僚の汚職

いつも同じことばかりを言ってる。

 

それは昨年も言ったはず。

なぜ毎年同じ内容で、

大衆の不安を煽ることばかりを言うのかな?

 

きっと国民の多くをテレビや新聞・雑誌を通じて洗脳したいんですね。

 

それは国家社会主義ドイツ労働者党の

宣伝相がやっていたのと同じ手法だよ。

(もう少し近代的な洗脳をしたらよいのにね)

 

そんな古い洗脳手法じゃなくて、

日本国民が喜ぶようなグッドニュースを、

【自分たちが探して】表現する能力がないのだろうか。wwww

<↑ここ重要です。どのニュースも同じソースに基づいている。

=自分たちで取材しておらず記者会見をそのまま流しているだけ>

マスコミ関係者にも心ある人が多いことは知っているけどね。

 

子供たちが少なくなり、

老人ばかりの国になっても

日本国民は優秀ですよ。

少し前、たった150年前の

7千万人〜8千万人口に戻るだけなんだから。

 

今朝も喫茶店でおばあちゃんたちが、

年金が少ないとか、

旦那や孫子の自慢や不満や

お天気のことを延々と話していたんです。

それを別席の若者たちは鬱陶しい顔で見ている。

(この風景は世界中がそうなんでしょうね)

 

でも、ちょっと待ってほしい<by 反日新聞>

マスコミが流す情報のように

日本は困っている人たちばかりでは無いんです。

 

私たちは大衆向け情報によって、毎日まいにち

負の側面ばかりに気を向けるよう洗脳されているにもかかわらず、

セブンイレブンのコーヒーが1杯100円の時代に、

500円のモーニングコーヒーを飲みながら

お年寄りが世間話を出来るのは幸せな国です。

そう思いませんか。


 

確かにこの国は環太平洋火山帯の上にある島のため、

毎日どこかで必ず大自然による災害が起きている。

 

 

そんな火山列島だけれど、

私たちの祖先は自然災害の死傷者を偲びつつ

今日まで生き抜いてきた。

そして日々を慎ましく耐えて過ごしている人も多い。

 

でも世界的に見れば、森と湖と河川の恩恵を受けた

とても豊かな自然に恵まれた国。

 

だから、

「日本人はもっと正の側面をあるがままに見るべき』

と思うんです。

 

 

なんだかコピペばかりの短い記事になってしまいましたが、

今回はこれで終わりです。

 

 

明日は深夜勤務が終わる1時過ぎに

「NHKラジオ深夜便」を聞きながら

妻のもとへ帰りますから、今日は少しご機嫌です。

 

※ラジオ深夜便は下品でないのが何より素晴らしい。

この番組で日本中多くの人が癒されているだろうことは容易に推察できます。

番組を制作しているスタッフに感謝を申し上ます。

ありがとうございます。 m(__)m

 

 

いつもお訪ねくださる方々、

ときどきお訪ねくださる方々、

お訪ねくださって、ありがとうございます。

 

龍索堂は、シツコイ性格なので、

何度もなんどもYoutubeでレナード・コーエンのハレルヤを聞くのですが、

それはこの宇宙を創造した存在への感謝の祈りと共に、

死者達への慰霊の気持ちが湧いてくるからなんです。

「龍索堂はいつからユダヤ・キリスト教徒になったんだ」って?

『そんなのどうでも良いんですよ。

日本人は世界でも稀な何でも有りの国民で、

それを西欧人や他のアジア人たちにとやかく言われる筋合いは無いんです。

“素晴らしい歌は素晴らしい”

それで良いじゃありませんか。』www
ということで、

「Pentatonix」と「Susan Boyle」の歌を聞きながら、

日本列島自然災害の犠牲者とその家族、

そしてそこから何度もなんども涙を拭って

立ち上がってきた方々をはじめ、

お訪ねくださった方々の身心の安寧を祈ります

龍索堂拝具 m(__)m

 

 

 

 

 

 

ワレワレハホロビルモノ

  • 2018.01.23 Tuesday
  • 23:23

 

1月13日の夕焼け

 

大空で行われている太陽と雲たちのショウは、

毎日移り変わり、同じものは一つとしてない。

それなのに華麗でいつも神秘に満ちている。

 

皆様はつつがなくお過ごしでしょうか。

龍索堂も妻も家族も

大地と日月星辰のご加護をいただいて、

息災で過ごしています。(^^)v

 

 * * *

 

龍索堂は妻ほどではないのですが、

ときどき幻想を見たり幻聴を聞いたりするんです。

 

みなさんもきっと見聞きしているはず。

でも多くの人は、幻想や幻聴を

「目の錯覚なんだ」「空耳なんだ」と聞き流しているでしょうね。

 

それを他人に言うと、“おまえ大丈夫か?”

とバカにされて恥ずかしい思いをするから。

「そんなもの見聞きするわけない!」と言う人だって毎晩寝てから見聞きしているんですよ。www

 

だからべつに恥ずかしくもなんともないんです。

ただ起きているか寝ているかの違いだけで、人間は誰もが幻想や幻聴を見聞きする動物なんです。



今回の幻聴は、妻といっしょにデパチカで買い物をしていたときでした。

意識の中にとつぜん中性的な声で

“ワレワレハホロビルモノ”って聞こえたんです。

 

前後の脈絡も、具体的な説明も何もない。

『なに?、、、』って尋ねても答えがない。

ただの思い過ごしか、他人の強い思念を拾ったのか、

まぁ、どっちでもいいやと思ってそのまま放置したんです。

 

そしたら数日後にふと思ったんです。

“ああそうか、これが今回の記事のテーマなんだ” www

 

ということで、今回は幻想や幻聴について考えようと思います。 

 

 * * *

 

前回、私たち日本人が持っている伝統や常識について考えてみました。

私たちが持っている伝統や常識の多くは、

少し前(150年前)の明治〜昭和初期の

先人達が作り出した商業的流行でしかなかったことを。


龍索堂の幼い頃には無かった

バレンタインデー、リクルートスーツ、ウエブサイト婚活などが

商業的流行を意図した人によって

現在も毎日作り出されているのと同時に、

その裏では「日々捨て去られている伝統や常識もある」んです。

 

だから伝統や常識に縛られたり、

また伝統や常識にしがみつく事に

たいした意味など無いってことを忘れてはならないんです。

 

 

実は幻想や幻聴も伝統や常識に似たようなところがあるんです。

 

かんたんに言えば、

伝統や常識は、集団が持つイメージ、

幻想や幻聴は、個人が持つイメージです。

 

どこかの誰かが想像したイメージだから、

あってもなくてもどちらでもかまわない。

<※ここ重要ポイントです↑人生について悩む時の試験に必ず出ます>

 

集団であれ個人であれ、私たち人間は、

毎日イメージや体験を積み重ねて生きる動物なんです。

 

 

 * * *

 

“ワレワレハホロビルモノ”

そうです、私たちは滅びる者です。

滅びるためにこそ生きている。

 

滅びるといえば、動物の数え方の意味は死後に残す物によって決められている。

「牛」→「頭」、「鳥」→「羽」、「魚」→「尾」、「人」→「名」
人間は死後に名前を残すから1名、2名と数える。なんてのを見ましたが。

 

そうかな〜オイラは、総数が定められている時や丁寧な言い方は「〜名」で、それ以外の一般的には「〜人」と教わったんだけどな。

 

それはともかく、

牛も鳥も魚も人間も永遠に生きることはできない。

 

だから「過去」でも「未来」でもない。

この「今」を大事にしなくちゃなりません。

 

う〜ん。なんか禅僧のような物言いになってきました。

 

でもね、

「悪魔とのおしゃべり」でさとうみつろう氏が記しているように、

それは事実なんだ。

 

今が大事なんです。

 

この本を読んだら、もう龍索堂の記事は読まなくても良いです。

だから皆さん、是非この本を買って読んでください。

若い人にとっては目から鱗が落ちるかもしれませんね。

但し、574ページと分厚いので持ち運ぶのには不便です。

(なぜ上・下巻にしなかったんだろう)

 

 

 

 

「我々は滅びる物」

だからどうなの?そんなの誰でも知っている事じゃないか・・・。

もしかすると、

「我々【という意識】は滅びる物」なのか?。

でも私は生きても死んでも、人類全体の一部なんだから、

「私【という意識】は滅びる物」が正解のはずだけど。・・・


あ、ここで思考停止してしまった。ww


ということで、突然ですが記事はここまでにいたします。


気が向いたら加筆訂正しますので悪しからず。

それまでは、↓Hallelujah/ハレルヤを聞いて和んでいてくださいね。www

 

 

いつもお訪ねくださる方々、

ときどきお訪ねくださる方々、

お訪ねくださって、ありがとうございます。


 

龍索堂は、ときどき妻と

猿投温泉 金泉の湯へ行って、

岩風呂で瞑想しています。

 

 

皆さんも温泉にゆったり浸かった気分で、

今日ものんびりと過ごしましょう。

 

 

 

KYLE TOMLINSONの歌う

「Hallelujah/ハレルヤ」を聞きながら、

お訪ねくださった方々の身心の安寧を祈ります。

龍索堂拝具 m(__)m

 

 

 

歌詞の意味が知りたい人は↓をどうぞ。




それから、ロシアの子供たちが歌うハレルヤ、
アンドレ・リュウの演奏もお気に入りです。

 


 

白い情熱

  • 2018.01.13 Saturday
  • 13:13

 

上の画像は元日の夕焼けです。

 

大空で行われている太陽と雲たちのショウは、

毎日変わり同じものは一つとしてない。

それでいて神秘的で華麗でいつも素晴らしい。

 

皆様はつつがなくお過ごしでしょうか。

龍索堂も妻も家族も

大地と日月星辰のご加護をいただいて、

息災で過ごしています。(^^)v

 

 * * *

 

龍索堂は、1週間に1度は家に帰って妻と過ごしています。

コーヒーを飲みに行っても、買い物をしても、

一緒にいる時は幸福を感じるとても貴重な時間なんです。

 

そして夜は、独りYouTubeで

「The X Factor UK」「America's Got Talent」や「The Voice」出演者の熱唱を見ているんです。

 

 

 

 

 

それらはシロウトが歌うモノマネ歌合戦。

みんな基礎訓練を受けたプロフェッショナルではないから、

音が上下前後にズレていて少し濁りがある。

 

妻にいろいろ聴かせたけど、

そのたびごとに「一度でいいわ」って言う。

彼女は濁りのない澄んだ音の世界で生きているので、微妙な雑音に耐えられない。

 

龍索堂は妻とは反対に、

レコード音源のようにわずかな雑味がないと聞き飽きてしまうから、

何度も繰り返して飽きるまで聞いているんです。www

 

 

龍索堂は思うんです。

日本にも昔から似たようなテレビ番組があります。

でも今の番組は、素晴らしく歌う人を発見しようとする以上に、

出演者たちを必要以上に競わせたり、

それぞれの個人的生活背景を流したりで、

製作者たちの作為や意図が強く見える残念な番組になっているんじゃないか。

 

そう思ってみると、「The X Factor UK」、

「America's Got Talent」「The Voice」はとてもシンプルです。

何より、出演者たちは皆とても情熱的です。

 

 

龍索堂の個性は「老成」が特徴なんです。

だから若い頃から老けて見え、また他人から見ると感情や情熱が乏しくて論理を好むように見える(らしい)

もちろん、当人は他人とおなじように、

じゅうぶん感情的、情熱的のつもりなんですけどね。

 

しかし第三者評価の20%〜30%はたいてい当たっているので、

たぶん感情と情熱が乏しいんでしょう。

そして加齢のため、もっと偏屈になっている。www

 

だから、「The X Factor UK」「America's Got Talent」「The Voice」を見るのは、

遠い昔どこかに置き忘れてしまった豊かな感情と、

熱い情熱を取り戻すためなんですね、きっと。

 

ああ、これを部分テーマにした漫画があったっけ。

 

「双亡亭壊すべし」藤田和日郎

 

 

藤田和日郎先生の作品は、

生と死・光と闇・欲望と無欲の対比が多い。

中でも、情熱的献身や犠牲的献身を

さらりと描くのがクールでとても感動的です。

そしてオカルト作品は秀逸です。

よく学習しているな、と思わせる言葉や画面が

ストーリーの途中にふんだんにちりばめられている。www

 

 

谷口ジロー先生が2017年2月11日に亡くなった後、

龍索堂が好んで読むのは藤田和日郎先生の漫画だけになってしまった(T_T)

 

谷口ジロー先生の作品「ブランカ・神の犬」は傑作でした。

合掌。

 

 

 

 

遺作を刊行してくださった小学館に感謝いたします。

 

 * * *

 

 

社会不適合でも楽しく生きる「適応よりも開墾」

 

かく言う私も、社会にうまく馴染めない自分を「ダメだ!ダメだ!俺はゴミ人間だ!」と思う日々を過ごしていた。が、冷静に考えてみると「年間自殺者3万人いて、鬱病患者も100万人いると噂の日本社会に自分を適応させることの方がやばいんじゃないか」などと開き直るようになり、現在に至る。これは極端な考え方かもしれないけれど、社会に自分を合わせるように生きるより「生きづらさを抱えているならば、生きづらさを抱えているなりに、生きづらさを抱えている自分でも生きて行くことのできる世の中を『開墾する』生き方」みたいなものを養った方が、いろいろと有意義なのではなかろうかなどと思うようになった。--- いばや通信

 

 

坂爪圭吾さんの記事を読んでいると、

ジェットコースターのように急激な下り坂を降りている日本全体は、とても大きな社会変化の真っ只中だから、

従来の価値観から見ると、社会不適合者と呼ばれる人たちが増えて行くように見えるんです。

 

しかし「社会人はこうでなければならない」という昔の常識=暗黙の了解に対抗して、

「社会人はそうでなくても良いんだ」と思う人たちが大多数になると、

今度は、それまで認められなかった=潜在していたエネルギーが

解放されるような気がするんです。

 

では、大人たちが意味も分からずに持っている「社会人はこうでなければならない」という昔の常識=暗黙の了解

を幾つか見てみましょうか。

 

1)幼少期から成人までは両親や教師に反抗せず、学習やスポーツに打ち込んで好成績を上げなければならない。

2)社会人になったら社会に反抗しない歯車の1個として従順な納税者として生きなければならない。

3)社会人は数年経ったら異性を見つけて結婚して離婚してはならない。

4)結婚したら一戸建住宅か分譲マンションに住んで子供たちを育てなければならない。

5)子供たちには受験戦争を勝ち抜くために進学塾へ通わせて偏差値の高い大学を卒業するまで面倒をみなければならない。

6)長期の住宅ローンを返済するまでは倹しい生活の中で預貯金を貯めて生活保護に陥らないようにしなければならない。

7)会社ではローン返済資金の為に管理職になって高給を得なければならない。

8)高齢者になり定年退職しても働き先を見つけて、乏しい年金暮らしで不足する生活費を補填しなければならない。

9)社会人として常に自分の健康に気を付けて出来る限り長生きしなければならない。

10)後期高齢者になっても痴呆症や身体不具合で家族に迷惑がかからないよう常に身心に気をつけなければならない。

 

う〜ん。

日本人の持っている常識を書いていて、なんだか気分が悪くなってきました。

だって私たちはこれ以上、実にたくさんの常識という名の課題で社会から縛られているんだ。

宗教的戒律を除けば、他国もたいがい似たようなものなんだろうね。

 

それらは確かに権利の側面を持つけれど、

年代ごとに大雑把に列記したのを見ても義務の方が強い。

人生はまるでRPGゲームのようにみえる。

 

「それらの年代別課題を淡々とこなして行くのが人生なのさ♪」

と笑って言える人は、いったい何人いるんでしょう。

 

国公立大学の上位卒業生でも、これら人生ゲームの課題を80%以上達成して

この世界を去る事が出来るのは、ごくわずかじゃないのか・・・。

 

いったい私たちはどのように人生ゲームを進めて行くのでしょう。

 

 

“おいおい龍索堂、年が明けて目出度いっていうのに

話が暗い方へ行っているじゃないか!”って思ったでしょ。

『そうです。私もそう思うんです』www

 

でもね、雪国ほど暗い気分じゃないんですよ。

<これはひどい・・・実は青森県はワーストだらけだった>

いまの勤め先は、海に近くて穏やかな田舎ですから。

 

 

知ると脱力 日本の伝統の正体(笑)

 

 

玉造さんも言ってるように、

私たちが昔からの伝統や常識と信じている物の大半は、

江戸時代の祖先たちが見聞きしたら腰を抜かすような、

わずか150年ほどの歴史しか無い新しいルールばかりなんです。

(↑ここ重要です。人生の試験に出るから忘れないように)

 

私たちはどのように人生ゲームを進めていったとしても、

植物たちが花を咲かせて実を結び

枯れて消え去るように

どんなものにもいつかは必ず終わりが来ます。

 

私たちが信じている昔からの伝統や常識もまた同じなんです。

(世界を代表する500年の伝統ある和菓子「虎屋の羊羹」は大好きですけどね。www)

 

 

全てが終わって振り返った時、

どんなに辛い過去や失敗も、

満足した達成も、楽しかったことも

すべてをひっくるめて大笑いしたら、

後は忘れてしまえば良いんです。

10年前の今日に起こった事を、

誰も詳細に思い出すことができないようにね。www

 

 

もちろんステキな思い出や綺麗な夢を

胸の内の小箱にたいせつにしまっておいて、

ときどき思い出して暖かな気分にひたっても良い。

 

それが出来ないでいる人、

日頃の疲れが取れないと感じている人は心と身体をコントロールしましょう。

 

伝統や常識や人生ゲームの課題でがんじがらめになっている精神を、

他人に頼らず、自分で簡単にコントロールする事が出来るんです。

 

これはヨーガ由来の「タクティカルブリージング(Box Breathing)」

と呼ばれる呼吸法で即効性が高い。

 

タクティカルブリージングは呼吸法だけでイメージは使わないんですが、

せっかくだから呼吸と同時にイメージも加えましょう。

そうすると効果が高いんです。

(イメージが難しいと思う人は呼吸をコントロールできるようになってからでも良い)

 

ピンポン玉ほどの大きさの

青緑色の透明な玉をイメージで作り出す。

その玉を心臓に浮かべる。

それを少しづつ大きくして自分の全身を包む。

あとは呼吸の出入りを観察するだけ。

 

この時、自分の意識の中心は玉の中心でも良いし、

球面全体に置いても、あるいは眉間の間でも、

どこでもかまいません。

 

コツは、呼吸を観察している間は

息を吐きながら全身の筋肉緊張を解くこと。

そして寝床で目覚めた時や寝就く前など、一日に数回行うこと。

これを頑張るんじゃなくて、日課としてごくあたりまえに続けること。

 

三日坊主でも、やり方を忘れてもいいんです。

(90%以上の人がそうだから)

“最近なんか疲れが取れないな”と感じたら、

「そういえば龍索堂が呼吸法がどうとか言ってたな」って思い出して行えばいい。

 

これで身体と心に貯めこんだ、

伝統や常識や人生ゲームの課題で苦しめてきた心身の緊張を取り去ってしまいましょう。

龍索堂は毎日寝床で夢の門を通り抜ける前に行っています

 

みんなは、常識のように当たり前のように“頑張れ”と言うけれど、

頑張った後の休息の仕方、頑張り続けるためのやり方は誰も知らない。

そんな人には“頑張れ”と言う資格は無いんだよ。 

 

 

呼吸法を続けるためるには

「The X Factor UK」や「America's Got Talent」の出演者のように

燃えあがる赤い情熱は必要ないんです。

静かで蒼白い情熱の珠をハートに保ち続けるだけで良いんです。

 

「え、ピンクや赤い玉じゃだめなのか」って。

 

『・・・この場合はお勧めしませんね。

透明に近いブルーか、碧玉の青緑色の方が

心身を癒す力が高いんです』

(赤い玉については別の機会に記します)

 

 

皆さん、温泉にゆったり浸かった気分で、

今日ものんびりと過ごしましょう。

 

 

いつもお訪ねくださる方々、

ときどきお訪ねくださる方々、

お訪ねくださって、ありがとうございます。

 

 

龍索堂は「Con Te Partirò (コン・テ・パルティロ)

= With you I am going to leave」のフレーズが大好きです。

 

「Solomia sings 'Time To Say Goodbye' - The Voice Kids Germany 2015 - Blind Auditions 」

を見ながら、お訪ねくださった方々の身心の安寧を祈ります。

龍索堂拝具 m(__)m

 

求める・与える

  • 2018.01.04 Thursday
  • 13:13

 

 

 

 

 

新年明けましておめでとうございます。m(__)m

 

皆様はつつがなくお過ごしでしょうか。

龍索堂も妻も家族も

大地と日月星辰のご加護をいただいて、

息災で過ごしています。(^^)v

 

今回の画像は、1月3日熱田神宮会館前の四季桜です。

龍索堂はこの桜たちがお気に入りで、毎年の初詣には必ず見に行くんです。

そして『今年も綺麗に咲いているね。寒いのにたいへんだね』って話しかける。

だって桜の原種はもともと熱帯地方なんだ。(熱帯の花は下を向いて咲くことが多い)

それなのに寒い国で雪降る季節に花を咲かせているから。

 

 * * *

 

明治時代から始まった150年間の長い人口バブルが、15年前に頂点を過ぎて急激に人口が減少している。

実務や経験を積んで来た人も知らない時代だから、経験値も予測値もまったくあてにならない。

 

なおかつ、終戦後70年経った自主独立国のはずの日本が、皇居と首都と国会を米軍基地で取り囲まれて、全国を米軍支配下に置かれたままでいる。

 

まさに未曾有の時代に突入している日本なんですね。 

 

私たちはこれから約80年の間、つまり一生それらが原因のニュースを見聞きさせられるので、

正直な気持ちウンザリしているんです。

 

「でもそんなの前からわかっていたことだし自分には関係ないね」というのが

皆のそして龍索堂の本音でしょうね。www

 

 

では年末年始の記事で、どうしてそんなネガティブなことを書くのかといえば、
「日本人の多くは現状認識が甘い」とつねづね思っているからなんです。

 

勤務先で*PDCAサイクルによる業務活動をしたことがある人は多いはず。

 

(PDCAサイクル(PDCA cycle、plan-do-check-act cycle)は、事業活動における生産管理や品質管理などの管理業務を円滑に進める手法の一つ。 Plan(計画)→Do(実行)→Check(評価)→Act(改善)の4段階を繰り返すことによって、製品と業務を継続的に改善する。 実験の実施による実証を重んじた経験主義の科学的手法に起源を持つ__wikipedia)

 

龍索堂は、業務推進において大切なのは

Check(評価)だと思っているんです。

それも企画立案と実行の評価だけでなく、

その背景にある現状認識の評価が最も重要と思っているんです。

 

現状認識を誤れば、PDCAそのものがまったく意味のないモノになってしまう。

けれども、そういう取り組みをしている企業や団体はとても多い。www

 

しかし、特に日本人は*言霊思想によって、

「声に出して良いことを言えば叶うことがあるから、悪いことは言わない」

たしかに言葉によって相手を寿ぐ・ほめる・讃えることはプラスの効果をもたらす場合が多い。

けれども、それが過剰になっていて、

現状の負の側面を認めないことが多いように見受けられるんです。

 

(ことだましそう:声に出した言葉が、現実の事象に対して何らかの影響を与えると信じられ、良い言葉を発すると良いことが起こり、不吉な言葉を発すると凶事が起こるとされた。そのため、祝詞を奏上する時には絶対に誤読がないように注意された。今日にも残る結婚式などでの忌み言葉も言霊の思想に基づくものである。__wikipedia)

 

 

たとえば日本人口のように、現状がマイナス方向へ向かっているのに、

プラス方向へ向かっている時と同じことをしたり、

これからプラス方向へ向かうと錯覚することです。

 

「かつてのように人口増加によって日本経済は発展し続けるべきなんだ」

と何度唱えたところで、これから約80年の間、

私たちが生きている間は起こりえない事実なんです。

「人口増加の頂点を過ぎた現在、日本経済は縮小し続ける」

これが概ね正しい現状認識なんです。

 

人口バブル時代に生まれ育った私たちは発展・拡大が当たり前で正しいと思いがちなんだけれど、

万物は常に、創造→維持発展→縮小(インド神話では創造・維持・破壊)というサイクルを繰り返しているので

発展・拡大だけが正しくて、衰退・縮小が間違いというわけではないんです。

 

つまり、現在の日本は、

「100年後の世代を創造する為に、これまで維持・発展させてきた事柄の破壊が行われている状況」

という理解を持つべきなんです。

 

そんなことを言ってると、

「ほんとの事を言っちゃダメ。

普通の人は事実を見聞きする訓練をしていないんだから。

事実に直面すると苦痛を感じてそれに耐えられないのよ」 

といつものように婦人に怒られます。

だから話を変えますね。www

 

* * * 

 

昨年末に、坂爪圭吾さんがフェイスブックで書いていました。


何かをしてもらいたいと思うとき、

何もしてくれないひとの存在は幻滅を生む。

何かを与えたいと思うとき、

あらゆる出会いは喜びのチャンスになる。

 

誰かの顔に喜びの微笑を浮かべるために街に出る。ひとに会う。誰かに連絡をする。

与えることにフォーカスをすれば、

世界は喜びのチャンスに溢れている。

 

 

求めること、与えることについて、

人生について1人で深く考察をしているのが素晴らしい。

 

坂爪圭吾さんが言うように、

人間はいつも受動的・能動的2つの態度を持ちます。

 

たとえば、

能動性を強く持つ人は「勝とう」と思い、「勝とう」と言います。

受動性を強く持つ人は「負けまい」と思い、「負けまい」と言います。

 

勝とうとする時、人間は腰を中心にして上半身を左右に捩じる。

負けまいとする時、人間は腰を中心にして下半身を左右に捩じる。

 

実は、以前の組織運営者Kさんは、

座っている時、5〜10分ごとに足を組み直す(下半身を捩じる)のがとても多い人でした。

本人は気づいていませんが、

足を組み直した後に、話し相手に対抗したり、命令を出していました。

 

これは弱い自分が、強い相手に対抗して負けまいとする特徴なんです。

 

もちろん、そのことの意味は教えてあげませんでした。

だって『貴方は他人が思っているほど強くない』ということだからwww

 

人間は身体を捩じることでをエネルギーを発する動物なんです。

そうすれば捻り続ける台風や竜巻のように大きなエネルギーを得ることができる。

 

 

強い時には上半身や手を動かして(捩じりながら)エネルギーを発散している。

弱い時には下半身や足を組み直して(捩じりながら)エネルギーを得ている。

これを知っているだけで、人間関係で相手の状況判断は簡単にできます。
 

さらに言えば、足を組まないで真っ直ぐに居る人の方が強い。

あ、これは龍索堂から皆様へのお年玉プレゼントです。www

 

でもね、もう少し深く考えてみれば分かるけれど、

どれほど大きな台風や竜巻だって、いつまでも捻り続けることはできないんです。

 

 

人間は、特に男子の多くは競争して勝つ為、

自分の弱さを隠して「強くあろう」とするんですが、

じつは「勝とう・負けまいと思う、勝ち負けを判断基準としている時の人間は弱い」んです。

これは世間で言われ思われているのと反対のように思えますが事実です。

 

能動性と受動性のどちらにも偏っていない人は

「勝とう」とか「負けまい」とかを思わないし、また言いません。

実はこういう人の方が強いんです。www

 

本当の強さというのは何もしていない時。

エネルギーを上下、左右、前後、捻り、拡大縮小していない時。

 

人間ならば、何も考えず、何も行動していないときは強い。

 

龍索堂は合気柔術を体験したときに、これを教わりました。

 

その時、ほんとうにビックリしました。

どう立ち向かっても勝てない格闘技高段者を、

シロウトの自分が簡単にひっくり返すことができたんですから。

 

その時は、強い力で押したり引いたりもしなかったし、

意図的に何も考えていませんでした。

 

う〜ん、それを敢えて例えるなら、温泉気分でした。www

 

 * * *

 

現実の日本は、かつてないほど厳しい社会状況で、

ジェットコースターが真下に落ちるように下って行く。

それはこれから更に勢いを増して行くように感じるはずです。

 

でもね、だからといってエネルギーが不足している時のように、

捩じったり、押したり引いたりする必要はないんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人口減少に対抗して外国人移住者を増やす必要もないし、

世界最大の軍事予算を持つ米軍に対抗してテロやゲリラ活動をする必要もない。

 

先ほど記したように、何もしないのが最も強い。

なぜかって

『中国や日本などの外国資金で無理やり国の経済と軍需産業を支えていて、

家計の貯蓄資産比率も少ないアメリカ合衆国、そんな水増しの大国は早晩滅びる運命にある』

と思っているから。

それがいつになるのかは龍索堂も知りませんけどね。www

 

皆さん、温泉に浸かった気分で、

今年ものんびりといきましょう。

 

 * * *

 

いつもお訪ねくださる方々、

ときどきお訪ねくださる方々、

お訪ねくださって、ありがとうございます。

 

「A Little Girl Gives Coins To A Street Musician And Gets The Best Surprise In Return」

を見ながら、お訪ねくださった方々の身心の安寧を祈ります。

龍索堂拝具 m(__)m

 

 

天の壮麗な配置の中を
  星々が駆け巡るように楽しげに
  兄弟よ、自らの道を進め
  英雄が勝利を目指すように喜ばしく

 

抱き合おう、諸人(もろびと)よ!
  この口づけを全世界に!
  兄弟よ、この星空の上に
  聖なる父が住みたもうはず

 

ひざまずくか、諸人よ?
  創造主を感じるか、世界中の者どもよ
  星空の上に神を求めよ
  星の彼方に必ず神は住みたもう

 

 

 

 

 

150年前に戻ろう

  • 2017.12.31 Sunday
  • 11:31

 

 

 

クリスマスの日

妻と一緒に車でお気に入りの喫茶店へ向かう途中、

生まれて初めて虹を見ました。\(^^)/

妻がラインで送ったら義妹は

「虹の上にサンタとトナカイが見える」と言うけど、そうかな〜。

 

サンタとトナカイが見えるかどうかは別にして、

雲たちから龍索堂と妻へのクリスマスプレゼントに違いありません。

龍索堂は空に漂う雲たちを、

意志がある友達と思っているからだねきっと。

 

大空で開催されている雲たちのショウを

子供のようなワクワク感で待っていれば、

いつも素晴らしい空模様は誰でも見えるんです。

100年以上前の祖先たちはみんなそんな思いで、

毎日空を見上げていたんじゃないかな。

 

そして心の中でもいいから、

“すごくキレイだね”

“また素敵なショウを見せてね”

って思うだけで雲たちは

「そうかい、じゃあこんどはもっとすごいのを見せてあげるよ」

って答えてくれる。

 

人間関係を断って

空を漂う雲と無言の会話をしている

おバカな田舎オジサンの毎日です。

 

全国のみなさま、息災でお過ごしでしょうか。

 

龍索堂も妻も、

大地と日月星辰のご加護をいただいて、

息災で過ごしています。(^^)v

 

 * * *

 

今日は支配と被支配について考えようと思います。

“年の暮れになんてめんどくさい話を”

というご意見はありがたいけれど捨象いたします。

 

多忙な女子と違って、男子諸兄は時間が余っているでしょうから、

幼稚園のお遊戯会のようなバラエティー番組を見飽きたら

一緒に学習しましょうね。www

 

 

龍索堂のフェイスブック友達のねずさんが記しています。

 

大和心を語るねずさんのひとりごと

 

 多くの日本人は、西洋は古くから進んだ社会を営んできた文明の先進国だと思いこんでいます。
 ところがその西欧諸国では、歴史の授業といえばギリシャ・ローマの古代史と、15世紀のルネッサンス運動以降の近世の歴史しか教えません。
 いまあるヨーロッパの諸国は、ごく一部の例外を除いて、そのすべてが15世紀以降に始まった国です。

 それまでのヨーロッパは、力と暴力が支配した粗暴なエリアで、このため国力も弱く、だから14世紀にまたたく間に、モンゴルによって攻め滅ぼされたのです。
 そしてモンゴルの時代に、モンゴルによってもたらされたのが為替金融です。
 モンゴルが遺産相続で分割されていくと、代わって力を持つようになったのがこの金融屋さんたちで、彼らは儲け話に出資をするようになりました。

 その中の最大の儲け話が、アフリカなどに出かけていって海賊行為を働いて、現地から様々な宝物を持ち帰ることで、こうして始まったのが大航海時代です。
 要するに、金持ちが船主に出資し、船主は荒くれ者の船頭を雇い、船頭は犯罪者などを雇い、海を渡って悪事の限りをつくして財宝を持ち帰ったわけです。
 こうして大航海時代が植民地時代となりました。

 その後に起こったことが市民革命といわれますが、実際には、すこし違います。
 王侯貴族よりも金を得た金融屋層が、市民に金や武器を渡し、思想家に金を出して王侯貴族の財産を奪いにかかったというのが、実態に近い歴史の見方です。
 力を持ったのは市民ではなく、金融屋層であり、その金融屋たちが、市民のなかの有能な者に金を渡し、その有能な者が人を集めて、武力革命を起こしたのです。
 これは見方を変えれば、大航海時代にアフリカやアジアでしてきたことを、力を持った金融屋たちが、今度は自国内で同じことを行ったということです。

 その後の現代に至るまで、金の時代が続いています。
 世界の国々を支配しているのは、その国の政府ではなく、裏で政府を操る金持ち層です。
 日本でも同じです。
 このことを理解しない日本人は、ついにメガバンクまで、彼らの傘下に奪われてしまいました。

 要するに(*ヨーロッパに端を発した)15世紀以降の世界はマネーゲームのもとで動いてきわたけです。

これに鉄槌を加えたのが、実は日本でした。
(*龍索堂加筆)

 

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日本は江戸時代末期から欧米化を進めました。

それまで数百年の間、大きく変わらずに続いて来た社会構造を全く異なる国に大至急作り直す必要があったんですね。


なぜなら世界の大半の国々を植民地にしている西洋人による日本の武力支配は目前に迫っていたから。

「日本人は西洋人による植民地支配をとても嫌がった」

これは何度言っても言い過ぎではありません。

 

なぜか?

人権が認められていない時代に植民地支配を受けるというのは、被支配者はすべて奴隷の身分に落とされる。

ということは、我々はともかく「天皇陛下が奴隷の身分に落とされる」

これに多くの日本人は耐えられないでしょう。

 

それに対抗するためには軍備増強をするより他には手段がないんです。

勝てば現状維持。

負ければ奴隷。

これが国家としての二者択一だった。

(現在、北の独裁国が軍備優先を貫いている姿勢は国際政治の点では間違っていません)

 

最強の軍事兵器を持つ国だけが

正義を主張しながら

他国を植民地支配できるから。

 

昔は鉄砲だったのが、現在は核兵器・レーザー兵器・細菌兵器保有国が世界を支配している。

 

それは豊臣秀吉の時代から続いていて、現在でも全く変わっていない。www

バテレン追放令 - Wikipedia
(ポルトガルやローマカトリックによる植民地拡大の先兵としてのイエズス会宣教師たちを追放した)

 

 

更に軍備増強の裏では、資金調達の為の経済戦争も行われている。

たぶん(間違いなく)世界を支配するメンバー達が支配国と被支配国を決めているでしょうね。www

 

 

日本は終戦後70年も経っているのに、

皇居をはじめ国会と首都を米軍基地で取り囲まれて、全国を米軍支配下に置かれている。

 

そして司法も立法も、日米合同委員会と年次改革要望書で抑えられている。

またマスメディアも植民地支配に抵抗できないよう、反日議員に「平和憲法維持」で見張らせている。

 

これらを見ると、敗戦国である日本(ほんとうは日本が終戦を決めた)が自主独立国ではない事がよく分かります。

 

 

実際に日本は、日露戦争勝利〜大東亜戦争終戦までのわずかな期間しか西洋人による植民地支配を脱することができなかった。

(龍索堂は、その期間は西洋支配者たちの様子見期間だったと思っているんです)

 

【第二次大戦戦勝国=国連で敵国条項が外れていないのは日本だけ】

この意味は、第二次大戦戦勝国を決定した世界金融支配チームが、

日本を自由にすると

(欧米人の想像を越えた形で)

短期間で世界を支配してしまうおそれがある。

日本人はその為の技術力も資源も持っている」
 

つまり世界の支配層から最も恐れられている

=高い評価を得ている証明なんですね。

植民地人としては、嬉しいのか悲しいのか分かりません。www

でもそれが世界支配層の見解だからしょうがないな。

 

だからこの先も間違いなく、数十年は植民地支配が続くんでしょう。

だって日本の皇室と国家元首の喉元に

ナイフの先を突き付けられているの同じなんだもの。(*_*)

江戸時代末期の武士たちが知ったら腰を抜かして驚くだろうけど、それが現在の日本なんだ。


そして日本人はスターウォーズのクローントルーパーのように、

オリコウサンの奴隷を続けなくちゃならないんですね。

 

 

 

とうぜんですが、

日本が米軍の(米国ではない)植民地である以上、軍事戦略的な意味で北方領土は日本に与えられることはない。

なぜなら、日本がロシアの安価な石油資源と

世界最高の軍事力を手に入れたら困る人たちが沢山いるんですね。

 

 

多くの人は気づかずにいるけれど、

我々日本人は米軍に支配されている。

 

自主独立憲法を作ることができない、

核武装ができないのはその証明なんです。

 

 * * *

 

話は違いますが、

江戸時代末期から始まった人口バブルが15年前に頂点を過ぎて、

未曾有の時代に突入しています。

だからこの時代、何が正解で失敗なのかは、誰も知らない。

 

知識と経験を積んで来たはずの年寄りの知恵は全く役に立たない。(ココ重要です、試験に出ます)
それはまるで当たったことのない地震予知のようなもの。www

 

 

 

だからと言って、日本経済が衰退して行くわけではないんです。

グラフを見れば分かるように、

人口バブルが始まった150年前の明治時代に戻るだけなんです。


多くの組織運営者は意味を深く考えたこともなく、

ひとつ覚えのように発展だ、拡大だと言うけれど、

もう縮小・統廃合の時代になっている。


昔のやり方を繰り返しているようでは、お先が暗いですね。

 

頂点を基準にするのは間違い。

始点を基準にするのが正しい。

 

と龍索堂は思っているんです。

なぜなら、150年前のように

食糧生産や軍備増強の為に大量の人口がいらない時代になっているから。

 

 

「150年前に戻ろう」

龍索堂はこれを2018年の年間テーマにしょうと思います。

 

なんだか消化不良のような記事になりましたが、輝く未来についての考察は、また来年の宿題といたします。

 

 

いつもお訪ねくださった方々、

ときどきお訪ねくださった方々、

お訪ねくださって、ありがとうございます。

 

新しい年が、皆様にとって安寧で幸多い年であることを深く願います。

 

 

今回はアンドレア・ボチェッリではなく少女たちと一緒に

「コン・テ・パルティロ(Con te Partirò - With you, I will go")」

を歌いながら、お訪ねくださった方々の身心の安寧を祈ります。

龍索堂拝具 m(__)m

 

 

 

 

 

過去の夢と未来の思い出の交差点_改訂

  • 2017.12.23 Saturday
  • 11:11

 

寒さ厳しい中、全国のみなさまは息災でお過ごしでしょうか。

 

 

龍索堂は、過去の夢と未来の思い出の交差点で、

妻に買ってもらった早川コーヒーを毎日飲んでいます。

 

あ、ヨーガのアーサナを毎日欠かさない妻は

今では私よりも創建のようです。www

 

 

仕事だけのために田舎の町で暮らしていて、

新聞もテレビも見ておらず、

ラジオも聞いていないと、

都市の巷にいた時に見聞きしていた

クリスマスやお正月の商業広告の喧騒が

まるでウソのように思えます。

 

それに比べると今の龍索堂は、

とうぜん流行の商品も食べ物も場所も分からない。

でもね、それで困ることは何もないんです。

 

まるで、心の平安を得る為に

ワークショップをしているように思えてくるんです。

 

 

ということは、

都市生活者たちは、ほんらい望んでいない商業広告によって

日々、脳内・思考を汚染されていることがよくわかります。

 

全国民を大量生産・大量消費させるために発信されている商業広告。

 

それらを維持・拡大させるための営利追求の中では

どう過ごしたって多くの人が人間関係に疲れ果てています。

そんな人は、汚染都市の中から逃げ出しましょう。

 

 

そして日々めまぐるしく移り変わる刺激が何もなく、

知ってる誰もいない田舎で暮らすことをお勧めします。

人間的で良いですよ。

 

もちろん、中毒患者のように、

刺激になれた人にとっては、

とても退屈な生活には違いありませんけれど。www

 

でもね、今ではスマホやPC1台あれば

世界中の情報を得ることができるわけですから、

それほど寂しくもないんですよ。

 

龍索堂もフェイスブックで、

少ない知人とだけ“いいね”のやりとりをしています。

(もちろん公開していませんが)

 

そしたらフェイスブック管理者は、ごく数人の友人だけで、

まったく友達を増やそうとしない龍索堂を怒っているのか、

最近はインドネシアやアフガニスタンやアラビア人を表示して

“友達ではありませんか?”って毎日お知らせしてくる。

ほんとに容赦ないなぁ、

漢字表記の日本人なのに。www

 

 * * *

 

はじめに記した

<過去の夢と、未来の思い出の交差点>

について少し考えてみます。

もちろん、交差点とは現在のことです。

 

現在という流れる交差点に立って

過去と未来に思いを馳せる時にいつも思うんです。

 

じっさい今生きている(と思っている)のが

過去の自分が望んだ未来の夢なのか

未来の自分が思い出している過去の夢なのか

どちから分かりません。

 

たぶん、どちらも正解なんでしょうね。

 

過去の自分はこう思っています。

「未来の私はまだ生まれていない」

だから「未来の私はこうありたい」

 

未来の自分はこう思っています。

「過去の私は既に死んで生まれ変わっている」

「あの時はこうすれば良かった・・・」

そして更に「未来の私はこうありたい」と。

 

なんだ、過去・未来どちらの自分も、

見果てぬ夢を見続けているだけなんだ。www

 

 

でもね、同時並行次元(宇宙)の龍索堂たちはこう言うんです。

 

『おまえはそのままでいい。

 

おまえは別のおまえを望む夢として見ているが、

同時に別のおまえたちは、

今のおまえを憧れの存在、

望む夢として見ている。

 

だから、おまえはそのままでいい。

別のおまえは千どころか無限にいるのだから。

 

もちろん変更や努力が必要な時には

その状況が現れるのだが、

望んで何かに変わる必要も、

望んで何かを変える必要もないのだよ。

 

忘れないように、

おまえが夢として見ている別のおまえは無限にいる。

 

だからお前はお前ひとりであると同時に、

また無限の夢の一部でもある』

 

 

今日の啓示では、ゾクチェンの「金剛の歌」のような

イメージのかたまりが湧き上がってきたのでした。

 

『多様な現象の本性は不二だ。
 ひとつひとつの現象も、
 心の作り出す(思考の)限界の彼方にある。

 

 あるがままのものを定義できる概念などありはしない。
 にもかかわらず、顕現はあらわれ続ける。
 すべてよし。

 

 一切はすでに成就しているのだから、
 努力の病を捨て去り、
 あるがままで完全な境地の中にとどまること、
 それが三昧だ』

 

(『ゾクチェンの教え』ナムカイ・ノルブ著 永沢 哲訳 知湧社)

 

 

実はこの歌について解説したいと昔から思っているんです。

けれども、龍索堂はゾクチェンやニンマ派のマスターではないので、

解説いたしません。

 

但し、聖句として心の中で何度もなんども、

繰り返し唱えることは有効です。

 

じっさい、どんな難しい聖句や理論であっても

毎日唱え続けて1000日経つと、

自分の思考を形作っている奥の更に奥から、

その義(主題や意味)が(その時の自分が理解できる形で)現れてくるんです。

 

なぜなら、人間の思考はそのように出来ているから。

 

魏の学者である董遇が、弟子入りを申し込んだ者に対して言ったとされる

「読書千遍、其の義自ら見る」は、

たんに「読書方法を教えた」のではなく、

また「読書を千遍してから出直して来なさい」と言ったのでもなく、

「読書を千遍したら義が理解できるから自分のような師匠は必要ないのだ」

と言ったのでもない。

 

董遇はそれら全てを併せて更に、

『人間の思考パターンは反復練習によって変化する』

という重要なことをも教えたのでした。

 

「読書千遍、其の義自ら見る」

この言葉は、実に素晴らしい教えでもあるのです。

 

 * * *

 

いつもやかましく、目が回るような刺激の多い都市の中で

身心共に疲れ果てている貴方、

できたら少し休暇を取って

いままで一度も行ったことのない

知る人が誰もいない田舎を訪れて、

のんびりと過ごしてみてください。

 

そうすると、知らず知らずのうちに

身心に溜め込んできた汚染物質や邪気が、

朝靄のように音もなく晴れますよ。

 

 

今年の記事はこれで終わりの予定です、たぶん。www

来る年が、皆様にとって幸多い年であることを願います。

 

 

いつもお訪ねくださった方々、

ときどきお訪ねくださった方々、

お訪ねくださって、ありがとうございます。

 

龍索堂に少し雰囲気が似ている(と自分勝手に思っている)

マーティン・ハーケンスと一緒に

「アヴェ・マリア」と「ユー・レイズ・ミー・アップ」を歌いながら、

今年お訪ねくださった方々の、身心の安寧を祈ります。

 

龍索堂拝具 m(__)m

 

 

 

 

 

 

 

 

5つの正義

  • 2017.12.10 Sunday
  • 10:10

 

 

 

 

みなさまつつがなくお過ごしでしょうか。

 

龍索堂も妻も、

大地と日月星辰のご加護をいただいて、

息災で過ごしています。(^^)v

 

 * * *

 

先日、テレビ番組ドクターXを見ていてふと思ったんです。

番組のテーマである、権力闘争の中における人間の命の尊さ、

そしてそこで行われている正義と不正義。

それは、いつの時代も終わらずに延々と繰り返されている。
 

ということで今回は正義について考えてみます。

 

私たちの知っている正義とはいったい何なんでしょう?

 

ユダヤ教,キリスト教においては「神の義」の意味で用いられる。
 この際,義は普通の倫理的な意味における「正義」とは異なり,唯一神の属性であり,それにのっとることこそ人間の義なる (正しき) 生活の規範とされた。

旧約聖書では神の義は神ヤハウェの動的啓示的行為として現れ,しいたげられたユダヤ民族はそこに示された神の意志に服従し,律法を遵守するとき民が救われると考えられた (イザヤ書 45・8,51・5〜7など) 。

新約聖書における義の観念もユダヤ教の義の延長上にあるが,パウロにより徹底的に深化され,律法によらずキリストを信じることにより,恩恵的に与えられるものとされた (ローマ書4・11,13など) 。

この信仰による義においては,人間の生は「義の武器として神にささげ」 (同6・13) られたものとみなされる。

このように信仰によって義とされることを義認あるいは義化 dikaiosis,justificatioという。

by コトバンク

 

 

儒教における「義」
儒教における義は、儒教の主要な思想であり、五常(仁・義・礼・智・信)のひとつである。

正しい行いを守ることであり、人間の欲望を追求する「利」と対立する概念として考えられた(義利の辨)。

孟子は羞悪の心が義の端であると説いた。

羞悪の心とは、悪すなわちわるく・劣り・欠け、あるいはほしいままに振舞う心性を羞(は)じる心のこと。

by Wikipedia

 

 

これらは宗教的な定義ですが、

現代人の私たちが正義の言葉を使う場合、

倫理や道徳としての用例が多いんですね。

 

しかしながら、

加害者にとっての正義があるのなら

被害者にとっても正義はある。

善人にとっての正義があるならば、

悪人にとっての正義もある。

権力者に正義があるのなら、

奴隷にとっても正義はある。

裁く側の正義もあれば、

裁かれる側にも正義はあるんです。

 

 

この時期になると、毎年放送される赤穂浪士の討ち入りも同じです。

吉良家、播州赤穂家、どちらにも正義はあるんです。

しかし赤穂浪士たちは夜盗、現代でいえばテロリストなのに義士として扱われる。

それは有名な事件を題材として脚色した

「仮名手本忠臣蔵」(かなでほんちゅうしんぐら)」の作者の意図によるんです。

 

田舎の大名が、朝廷との交渉役であり足利一族に連なる名門吉良家の殿様に切りつけたことで切腹させられる。

そういう殿様に仕えた赤穂藩士は不運だった。

話はここで終わるべきなんです。

 

しかし江戸幕府は、赤穂浪士達の復讐事件をきっかけに、意図的に吉良家を潰した。

それは吉良家が、当時の幕府の中で

徳川・松平一族よりも氏素性が高い地位にいたから。

(その後吉良家は再興された。こういう処断をする徳川幕府は偉いね)

 

この事件には、いくつもの正義があります。

 

夜陰にまぎれて殺害された吉良上野介と、その後若死にした息子の正義

播州赤穂浪士たちの正義

江戸幕府の正義

どの正義を支持するのかは個人の自由ですが、

なにより忘れちゃいけないのが、

「仮名手本忠臣蔵」を読んで、あるいは舞台で芝居を見て熱狂した江戸町民の正義

そして、その小説や芝居で利益を得た人たちの正義もあるってことです。www

 

 

実はこの正義の構造は、江戸時代以前から続いていて、

今現在も終わらず、日々繰り返されているんです。

 

(1)加害者

(2)被害者

(3)為政者

(4)傍観者・評論者

(5)営利目的の情報発信者

 

正義が主張されるのを私たちは毎日嫌になるほど見聞きしています。

新聞やテレビのニュースです。

報道者たちはどの企業も公正や公平を正義として主張している。

そしてそれらの多くは相反している。

なぜなら、(1)〜(5)どの立場に立つかによって、

優先順位が異なるから。

 

新聞やテレビのニュース制作者たちは頭が良いので、

それらどの立場も、論理的矛盾を抱えていることを知っているんです。

 

だから公正な正義の論争を避けて、

ひたすら弱者の味方のようにふるまう。

“悲しい”や“可哀そう”という感情だけを主張して、

読者や視聴者の同情を得ているんです。

 

つまり私たちは、新聞やテレビのニュースによって、

事実以上に、悲しい・可哀そうを見聞きさせられている。

(ここに現代日本の新聞やテレビニュースの欠陥がある)

 

そうすることで利益を得ているとはいえ、

最近は過剰な演出が多いと思うね。

 

そして、有罪か無罪かも分からない者を名指ししても、

その後の結果については放送しないことが実に多い。

 

 * * *

 

我々の生きている時代の全ての正義は、

過去の時代の正義ではなかったように、

また未来の時代における正義でもない。

 

ということは、正義も不正義も絶対的なものではなくて、

時代や国によって変わる、流動的な物ってことなんです。

 

 

アガサ・クリスティーは「オリエント急行殺人事件」で、

こういうことを言いたかったのかな?WWW

今回の映画は役者たちの演技が素晴らしく良い作品でした。

 

 

 

 

「正義(不正義)」ってなんだろうと思ってみたけれど、

考えれば考えるほど、ますます分からなくなります。www 

 

でもひとつだけ分かっていることがある。 

正義とは人間が幸福を得ようとする時に行う手段や方法です。

 

もっと分かりやすく言えば、

人が心地よく生き延びる為の言い訳。www 

 

それが無くても良いけれど、

あった方が自分や他人を納得させやすい。

ただそれだけなんですね。www

 

 

私たち人間は、

幸福を得る為に、生き残るために、

ありとあらゆる方法をとります。

人を騙したり、窃盗や姦淫をしたり、

時には他人をも殺害します。

 

不正義を犯すその瞬間、

誰の頭の中にも正義がよぎる。

「結果が露見したら罪を得て社会的に抹殺される。

しかしそれでも、分かっていてるけどやめられない」

と思いながらも不正義を行うことがある。

 

つまり私たちは誰もが、

幸福を得るために、生き残るために、

正義ではなく、不正義を選択することがあるんです。

 

しかしながら、実は本当にたいせつなのは、

正義と不正義の中間にある。

 

正義だけ、不正義だけ。

そのどちらか一方に偏っていてはいけないんです。

というと「なぜ正義に偏るのはいけないのか?」と思うでしょう。

(1)加害者

(2)被害者

(3)為政者

(4)傍観者・評論者

(5)営利目的の情報発信者

これらのどの立場も一面的でしかないから。

 

 

正義・不正義

そのどちらにも偏らない立ち位置や生き方がある。

その地点こそ、私たち人間が

大いなる存在から叡智を受け取る場所なんです。

 

 * * *

 

そういえば昔、何人もの経営者たちを傍で見ていた時、

口では正義や道徳や倫理や顧客満足度向上を使用人たちに言いながらも、

実際には、利益を得るために陰では不正や不倫を行い、

また他人を貶めたり虐めていた。

 

最近、有名なテレビ番組に出演して、真面目な顔で、

「利益よりもお客さまのために」とか言ってる人もいたね。

もちろん“オマエガソレヲイウカ”って大笑いしたよ。

 

龍索堂がかつて仕えてきた経営者たちは、

多かれ少なかれそういう性向をもっていたな。

 

“コイツラは絶対に許されるべきではない”

若い時には何度もそう思ったよ。

でも今では彼らの行った不正義の全てを許せるけどね。www

 

 

なぜなら、そういう低レベルの反面教師たちと縁があったのは、

わが身の不徳なんだから。

そう思って、不正や不倫を露見させずに組織を離れたんです。

オイラはお手本のような奴隷です。wwww

 

だって、彼ら組織運営者、経営者たちは

テロリストを一方的な見方で義士と呼び、

可哀そうとだけ思う江戸町民と同じレベルの

至らない人たちだったんだもの。

 

そういう風潮だから、

領地内にいるときは赤馬に乗って民百姓に声をかけて回る、

優しい殿さまを失った三河吉良の人たちの悲しみについては何も語らないし、

知ろうとさえしない。

 

「赤馬に乗った吉良の殿様」

吉良上野介(本名:吉良 義央 よしひさ)は、地元では領民に愛される穏やかで優しい殿さまだったと伝えられています。

(実は龍索堂の妻の祖父は三河國吉良の出身なんです)www

 

 

 

 

いえいえ、昔を思い出して経営者たちを指さしてバカにしているんじゃないんです。

 

私たちは多かれ少なかれ、

犯罪者に向けて石を投げつける資格などどこにもない。

たとえ法律家や判事や裁判官であったとしても、です。

 

ヨハネによる福音書 第 八 章

8:3-4    すると、聖書学者たちとパリサイ人が、1姦淫の時に捕まった女を連れて来て、真ん中に立たせイエスに言った、

    「先生、この女は姦淫を犯している現場で捕まえられました。
 8:5     モーセは律法の中で、そのような女を石打ちにするよう、わたしたちに命じています。

    ところで、あなたは何と言われますか?」
 8:6     彼らがこう言ったのは、イエスを試すためであり、彼を訴える口実を得ようとしたのである。

    しかし、イエスは1身をかがめて、指で地面に書いておられた。
 8:7     彼らがしつこく問い続けたので、イエスは立ち上がって彼らに言われた、

    「あなたがたのうちで罪のない者が、まず彼女に石を投げなさい」。
 8:8     そして再び、彼は身をかがめて、地面に書かれた。
 8:9     彼らはそれを聞くと、老人から始まって、一人また一人と去って行った。

    そしてイエス一人が残され、女はその真ん中に立っていた。
 8:10     イエスは立ち上がって、彼女に言われた、

    「女よ、彼らはどこにいるのか? だれもあなたを罪に定めなかったのか?」
 8:11     彼女は言った、「主よ、だれもいません」。

    イエスは言われた、「わたしもあなたを罪に定めない.行きなさい.今後はもう罪を犯してはいけない」。

 

 

ああ、そうだった。

(1)加害者の正義

(2)被害者の正義

(3)為政者の正義

(4)傍観者・評論者の正義

(5)営利目的の情報発信者の正義

 

これら以外にも多くの人が語らない正義があった。

(6)吉良家、播州赤穂家の家門が零落すべき正義

 

悲しいとか可哀そうとかの次元ではなく、

両家の零落は、起こるべくして起こった。

と龍索堂は思っているんです。

 

現在、破竹の勢いで事業を発展拡大していても、

その裏側で不正義を行い、

多くの人たちを泣かせているのなら、

どれほど大きな組織団体に成ったとしても

将来は間違いなく危うい。

臨界点を越えた時に、一気呵成に零落して行くんです。

「人は石垣、人は城」と歌われた甲州の名門武田家(当時の日本最強の軍団)が、

武田信玄の息子の代で瞬く間に滅びたように。

 

これを運命学で論証・考究すると論文がひとつ書けるね。www

でも、龍索堂にはその気力がありません。

どなたかに、このテーマをお譲りいたしますです。

 

 

この記事を読んでくださっている若い人たち、

未来の経営者、組織団体の責任者に成る貴方たちには

心に留め置いてほしい。

 

正義と思われている不正義の実行

不正義と思われている正義の実行

私たちや家族、そして組織の発展を妨げる物は

実のところ、そのどちらかが原因なのです。

 

確かに、現代社会で成功者と呼ばれ成り上がる為には正義・不正義、利益・不利益を追及するのが手っ取り早い。

でも、それだけでは、どういう道を選んでも、

先々、つまり将来が危ういんです。

 

だから重要な決断をするとき、

正義や不正義の立場を越えた、

仁愛の立場に立って

最後までそれを崩さないでください。

 

そうすれば、

どのような決断を下しても、

貴方や貴方の家族、その組織の未来は

仁愛を受けたものたち(人と物の両方)によって

必ず明るく照らされるから。 

 

 

いつもお訪ねくださる方々、

時々お訪ねくださる方々、

お訪ねくださりありがとうございます。

 

 

サラブライトマンとアンドレア・ボチェッリの

タイム トゥー セイ グッバイを歌いながら、

皆様の無病息災を祈念申し上げます。

 

 

 

 

 

有り続けること難し

  • 2017.11.15 Wednesday
  • 23:23

 

 

 

 

みなさまつつがなくお過ごしでしょうか。

 

龍索堂も妻も、

大地と日月星辰の御加護を頂いて、

息災で過ごしています。(^^)v

 

今日は2日の休暇をもらって、

久しぶりに妻とお伊勢参りに行きましたので、

少し機嫌が良いから記事を書いています。

 

 

妻は「特別参宮章」を持っているので、

外宮でも内宮でも、

御垣内参拝(みかきうちさんぱい)を致しました。

 

ところが、龍索堂は運転のために、

タートルネックのセーターとジーパン姿だった。

せっかく用意したスーツとネクタイを自宅に置き忘れてしまった為、

御垣内参拝はできませんでした。(T_T;)

 

御垣内参拝は、お守り頒布所の横にある「造営資金受付」で

数千円程度以上の初穂料を奉納すれば、誰でも垣根の内側で特別参拝できます。

(但し正装などキチンとした服装でなければ垣内には入れてくれません)

 

次回、参拝するときには忘れないように、

スーツを着込んだまま行きます。

 

 * * *

 

私たちには、

離れてから・失ってから・無くなってから、

『常に有(り続け)ることが難しい物だった』

と気づく物があるんです。

 

両親や家族、親戚や友人知人。

お気に入り大切な物。

いつも私たちを取り巻いて

生かしてくれている空気や水。

香りを放って微笑んでくれる花たち。

雲を彩り、朝焼けや夕焼けを見せてくれる太陽。

 

 

この世界にある全ての物は、常に移ろい行くので、

私たち人間が“愛しい”と思う全てが、

無きこと易し(いとも簡単に無くなってしまう物)なんだね。

 

「有ること難し」は、

その前提として常に

「無きこと易し」がある。

 

それだからこそ、

他人から自分に差し向けられる

暖かい思い遣りを感じた時、

心で嬉しいと感じることを

私たちは“有難う”と表現するんだ。

 

 

友達もほとんど作らずに

一人ぼっちで生きているような龍索堂にだって、

いつも変わらぬ思いを灌いでくれる人たちがいるんです。

 

今では、妻と息子と親戚や友人知人、

数えてみても両手の指が余るほどだけどね。www

 

それでも良いんだ。

表面的な体裁だけの付き合いよりは、

気心を知り合った数人だけで良い。

 

この世界を去る時、

わずか10人ほどの知り合いだけが

「サヨナラ」を言う為に集まってくれれば良い。

 

ああ、それから、毎日見慣れた太陽も、

龍索堂に暫しのお別れを言ってくれると思うよ。

最近、週に5日の田舎暮らしをしている中での楽しみは、

「朝焼けスッゲェー!」

「夕焼けスッゲェー!」

って心の中でルフィのように叫びながら、

太陽と雲の素晴らしいショウを見る時なんだから。www

 

 

 * * *

 

今日は「創造・維持・破壊という3つの機能

について記そうと思っていたけれど、

ここまで書いてきて気が変わったので、

共感について少し記します。

 

 

龍索堂の妻は、強い共感(維持・管理)能力を持つんです。

私自身は、強い切断(破壊・創造)能力を持ちます。

 

そのどちらの能力も合わせ持っていれば、

立派な祈祷師や宗教家や創業者に成れるんだけれど、

二人の能力を足してやっと一人前なので、無理なんです。www

 

 

妻は幼い頃から霊感が強いため、

寝ている時に金縛りにあうことが多かったんです。

たいていは自分に縁があって苦しんでいる亡者だったと言いました。

そして、亡者の抱えている恐怖に心底怯えていたそうです。

 

龍索堂と一緒に暮らし始めてからも、

金縛りは起こっていました。

この世界に怨念や強い執着を残した近親者を供養し始めてから10年ほど経つと、

あれほど頻繁に起こっていた金縛りは無くなりました。

 

でも、神社や寺院にお参りしたり、

知らない人に出会った時には、

たまに負の意識に同調して金縛りにあう。

そういう時には龍索堂が祈祷法で祓ってあげたんです。

 

妻も習って知っているはずだけれど、

恐怖に襲われて混乱している中では、

冷静に祈祷が出来ない。

だから、傍にいる私は妻のお守り係なんです。

 

この事は以前、

カラス天狗とお茶を

でも記しましたので、過去記事をごらんください。

 

 

目に見えない負の意識からの影響を受けなくなってからの妻は、

出会った昔とは別人のように見えるほど変わりました。

人相もそうですが、持っている雰囲気がぜんぜん違うんです。

 

だから最近の妻は、高次元の神霊と仲良しです。

 

龍索堂は相変わらず妻の隣で、馬頭明王のように悪霊を追い払う係です。

いろいろ工夫努力したけれど、

神霊や他人や亡者との共感は、どうも苦手なんです。
 

 

 

 

神様の覗き穴」87-88P 保江邦夫
 愛と神様
  (中略)
  また当時イエスが生きた地域を支配していたローマ帝国の言語であるラテン語では、愛はcaritus(カリタス)という言葉になり、その後に英語のcarity(チャリティー)となります。
   今ではチャリティー番組とか、チャリティーショーなどのように慈善行為を表す用語として日本語の中にも定着していることからもわかるように、本来の愛は生殖行為や愛欲とは無縁の、慈善や慈悲という意味だったのです。

 

 では、日本や中国などの漢字文化圏において、愛はどのようにとらえられていたのでしょうか。
   「愛」の字の天井部分は人の手を表します。また、床の部分もやはり人の手を表しています。似たような漢字で「受」についても、やはり人の手を表しています。そして船を表すワ冠の部分は一般的な「物」を意味します。
   ということは、「受」という漢字の意味は「物を手渡す」ということになります。
   そうすると、「愛」という漢字の意味は「物に心をこめて手渡す」ということになるのではないでしょうか。まさに日本における職人気質そのものといってもよいでしょう。その物を受け取る人の身になって作り上げた物を手渡すのが愛の原点であれば、愛とは他の人と共感することだともいえるのではないでしょうか。
   慈善や慈悲あるいは慈愛というものも、この世に存在するすべての人や物との共感を得ることだと理解することもできますので、やはり愛とは共感であり、愛するとは共感することを意味するのがもっとも腑に落ちる気がします。
   そして、誰かとの共感が愛であるなら、究極の愛といえばやはり究極の存在である神様との共感を得ることになるのではないでしょうか。
   そう、愛とは神様と共感することなのです。だからこそ、神様は愛そのものだという考えも生まれてくるのではないでしょうか。
   愛を得る、つまり神様と共感するには神様と同じものを見たり感じたりする必要がありますが、そうするためには他の人が周囲にいてはじゃまになります。そこで独りになって過ごす時間が大切になってくるわけです。この世界を1人だけ
  で見つめることで、同じくこの世界を孤独に眺めている神様の視点に立って共感を抱くことができるようになり、愛を得ることができるのです。

 

 

愛は慈善や慈悲という意味

   ↓

物に心をこめて手渡す

   ↓

愛とは他の人と共感すること

   ↓

愛とは神様と共感すること

 

 

保江邦夫先生は、このように記されていて、龍索堂も同感しますです。

 

龍索堂の人生の最大のテーマが、

愛=他者との共感であるので、

妻から長年それを教わっているんです。

 

でも、気に入ったモノへの思いやりは深いんだけど、

創造のための破壊は得意なんだけど、

愛=他人との共感は難しいな。(T_T;)

 

 

だから今の龍索堂にできるのは、

一週間に一度の休日に、妻へ『ありがとう』と心から何度も言うこと。

 

それから、残り5日の一人でアパート住まいの時には、

遠くから妻の身心にまとわりつく負のエネルギーを取り除くこと。

あとは、空と海と太陽に共感することだけなんだ。

 

 

妻が「愛」のエネルギーと共に

疲れた私の身体を癒すとき、

その治癒能力は最大限に発揮されて、

自分では癒せないゆがみを正す。

 

龍索堂が「愛の」エネルギーと共に

負のエネルギーを妻の身体から取り除くとき、

その除災能力は最大限に発揮されて、

自分では祓えない怨念を除く。

 

私たちは、生まれながら持っている「愛のエネルギー」と共に

他者や他の物に思いを遣わすとき、

(それが人生の定めの内である場合)

誰もがただ手を当てるだけで、

最高のヒーラーや祈祷師になることが出来るんです。

 

 

なぜなら、
愛こそが生命の神髄(クイントエッセンス)だからだ。

by アルベルト・アインシュタイン

 

 

この記事を読んでくださっている皆さん、

利害関係の無い家族や友人知人は

特にたいせつにしましょうね。www

 

そして家族や友人知人がいない人、

何物も持っていないと思っている人。

大地と空と海と太陽だけは、

そして「愛のエネルギー」だけは

いつまでも変わらない貴方の味方だよ。

 

 

自分の周りにいる人たちへ

出会った人たちへ

大地と空と海と太陽へ

なにより自分の身体と心に向けて

愛を、暖かい思いやりを、

惜しみなく灌いであげる。

 

それこそが、

この世界に生まれて来た人間としての使命なんです。

 

 

 「有ること難し」は、その前提として常に「無きこと易し」がある。 

しかしながら、

愛のエネルギーは「有ること易し」「無きこと難し」なんだ。

 

 

いつもお訪ねくださる方々、

時々お訪ねくださる方々、

お訪ねくださりありがとうございます。

 

 

カテリーナの歌とバンドゥーラ演奏による
カッチーニ アヴェマリアを聞きながら、

皆様の無病息災を祈念申し上げます。

 

 

 

 

 

 

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