ホンネとタテマエ

  • 2017.08.04 Friday
  • 22:41

 

みなさまつつがなくお過ごしでしょうか。

龍索堂も妻も、

大地と日月星辰の御加護を頂いて、

息災で過ごしています。(^^)v

 

 * * *

 

人間はなかなか本音を言いません。

ウソを言わない人であっても、

本当の事を言わないで毎日を過ごしている。

 

“何も思っていません”

と言っても、本音を隠しているだけのことが多いですね。www

 

龍索堂が小学生高学年の頃に、

“この世界に生きている人間も、動物のようにウソを言わないで暮らしたら、犯罪は激減するはず“

そう思っていました。

今でもそう思っているから、あんまり進歩していないのかもしれません。

 

動物や昆虫は嘘をついて暮らしてはいません。

但し、猿のような霊長類や鳥たちは、

エサを取りあう時、異性を取りあう時に、

自分を大きく強く見せようとして、

少しウソをつくようです。www

でもそれ以外の日常ではウソは必要ないんでしょうね。

 

しかし、人間はエサや異性を取りあうわけでもないのに、

ウソで塗り固めた生活をしていることが多い。

 

恐怖や不安に怯える自分の弱さを隠すため。

他人から攻撃されないように強く見せるため。

本音を言うと嫌われて、集団から排除される恐怖を知っているから。

 

独りぼっちで生きているような、

気ままな生活の中では、誰かに気兼ねすることもないし、

必要以上に自分を大きく強く見せることもない。

ただ、その日を安穏に過ごすだけ。

 

趣味が高じてそれを仕事にしている人は、おおむね本音で生きています。

 

でも、どこかの会社の従業員として、

月給取りを仕事にしている人は、

会社の、会社による、会社のための仕事をしなければならない。

 

会社という集団の中では、

個人の本音やは存在することはできないし、

ごくささやかな自由しかない。

全国規模の大きな組織になるとそれすら認めてもらえず、

組織の中の一個の歯車として、定年を迎えるまで40年間、滅私奉公をする。

定年を迎えたら、翌日からは組織とは関係ないタダの人になる。

 

日本中がそんな組織団体の会社だから、

「自由闊達な討論、討議をする」なんてのはありえない。

 

なにせ日本は100年以上も、

暗記・記憶・抽出作業が中心の詰め込み教育を、

幼児〜大学生まで、

20年近くも繰り返し行わせているんですからね。

 

たいていの場合、本当のことを言う子は教師からは排除され、

同年代には仲間に入れてもらえない。

周囲全員を敵に回す状況に普通の幼い子供たちが耐えられるわけがない。

龍索堂は、それに近い状況でしたが、なんとかグレるだけで耐えられました。www

なにせ養護施設にいた時点で、同級生からは異端児扱いでしたから。

 

 

そういえば、10年ほど前、

某全国団体の某県連盟の組織(拡張)委員会席上で

何度も皆に言ったことがあるんです。

『みんな、平日の夜に早く仕事を終えて1〜2時間もかけて名古屋に出て来て、

何も言わないで帰るなんてもったいない。

尾張人も三河人も、他府県民に比べると人前でも本音を言う方じゃないか。

せっかくの機会だから、思っていることを言い合って、これからの改善につなげよう』と。

 

そうしたら、みんな本音を言い合う・・・そんなわけはありません。

次の瞬間、各地区の上席委員長たち全員は沈黙・・・・。

(オイオイみんな、お通夜じゃないんだから)www

 

『みんなは自分の思う本当の意見を言うと、

後ろにいる地区委員長やコミッショナーから、

“おつかれさん、明日から辞めてもらっていいよ”と言われるのが怖いんでしょ?』

 

龍索堂を見ていた各地区の上席委員長たち全員は再び下を向いて沈黙・・・・。

も〜っ。www

 

結局、本音を言い合う討議討論は成立しませんでした。

それから、機会あるごとに『本音で話し合おうよ』と言ってみたけれど、結局ダメでした。

 

組織の末端加盟員や、社会人でもある地区役員同士が、

本音や本当の意見を出して討議・協議できないような組織団体は、

一刻も早く解散してください。(これ、龍索堂の本音です)

 

 

では、催眠術以外の通常会話で、

他人から本音を引き出す方法はあるんでしょうか?

 

ありますよ。。。でも教えません。

ちょっと難しいから。www

(じっさいには100人ほどの教育者に教えたけれど、

めんどうくさい類型分類なんて誰も興味を示さなかった)

 

少しだけ言うと、頭脳・感情・運動・勝負・愛情など、

人間が持つこれらのエネルギーに働きかけるんです。

その場合、相手がどういうタイプの

エネルギー発散・鬱屈を行っているのかを見極めることが難しいんです。

 

 * * *

 

自分の精神的・肉体的欲求を偽る。

これこそが、自分にとってダメージが最も大きい。

と知りながらも、龍索堂自身は、

家族の為に、生活を支える金を得る為に、

自分を偽って生きて来ました。

 

「自分を偽らず、素直に生きなさい」

そんなキレイゴトを実行できる好運を持ち合わせていなかったんです。

 

しかし、ウソをついたことは少ない。

(そんな程度の低いTVCMのような大衆洗脳の口調はすぐバレルからwww)

けれども、本音を語ったことはそれ以上に少ないですね。

 

 

では、本音を何処で言うのか、

「王様の耳はロバの耳」のように、

人里離れた土に埋めたツボの中で?

いいえ、自分が毎晩見る夢の中で良いんです。

そこで大声で何度もなんども叫ぶんです。

 

 

自分の夢の世界とはいうものの、

そこは、自分以外の別人の作った世界か、

今では忘れてしまったかつての自分が作った世界です。

つまり、自分のモノでありながら、自分のモノではない。

けれど、それでも良いんです。

 

夢の中で夢見る自分を見て、その夢の中で・・・

自分の立ち位置が分からなくても構わない。

夢の中で大声で叫んでみてください。

自分の心の裡から想う本音を。

 

宇宙に向けて発した本音の願いは、

きっと(別次元かもしれないけれど)どこかで叶うと、

龍索堂は確信しているんです。

 

 

 * * *

 

しばらくの間、休暇を取ります。

記事の更新はいたしませんので、

訪ねて来てはいけません。www

 

8月節入りの後に、新しい道が見える予定ですので、

それ以後に、新生龍索堂が誕生したら再び記事を更新します。

でも、脱皮できなければ・・・

記事は二度と更新することはない。

(これは本音です)www

 

皆様、新生龍索堂の誕生を、

生あたたく見守ってくださいね。

では、これで本当にサヨウナラ。

 

 

いつもお訪ねくださる方々、
時々お訪ねくださる方々、
お訪ねくださってありがとうございます。

m(_ _)m

 

アンドレ・リュウの演奏する

名曲「オールド・ラング・サイン」を歌いながら、

皆さまの日々の安寧を祈ります。

 

 

 

 

あの日に帰りたくない

  • 2017.07.27 Thursday
  • 17:27

 

 

みなさまつつがなくお過ごしでしょうか。

龍索堂も妻も、

大地と日月星辰の御加護を頂いて、

息災で過ごしています。(^^)v

 

 * * *

 

最近の読書は2冊です。

大東流合気柔術の錦戸先生の伝記。

素晴らしい。

 

 

 

 

 

それから、萩尾望都先生が40年ぶりに記した「ポーの一族」

う〜ん、、エドガーもアランも

キングポーも元気そうで、なによりです。

生と死の間で繰り広げられる

甘くせつないラブロマンスの展開が懐かしくて

涙がでちゃいます。(TT)

 

 

昔なつかしいといえば、

少し前に妻が聞いてきました。

 

たぶんテレビのバラティー番組で聞いたんだと思います。

 

「ねぇ、昔に帰りたい?

もしそう思うのなら、それは何歳の頃?」って。

 

『う〜ん。みんなが若かった頃を思い出して

懐かしむ気持ちは分からないでもないけれど、

オイラは、昔に帰りたいと思ったことは今まで一度もないなぁ・・・

こんな自分でも、日々、少しづつ進化していると思っているからね』

 

「そう!、あたしもそう思うのよ」

 

『どうして?』

 

妻は言いました。

「10代はつらい事が多かったわ。

20代は意地悪だったわ。

30代は未熟だったわ。

40代はまだ至らないところが多かった。

だから、ただ若いだけの昔には帰りたくないわ」って。

 

『そうだね、オイラはオマエと暮らす今がいちばん良いよww』

って言うと、妻は喜んでいました。

 

 

昔がなつかしい。という気持ちは誰にでもあるけれど、

“昔に帰りたい”。と思うのは、

いま現在に不満や不安を抱えている場合でしょう。

また、明るく素晴らしい未来や来世を

思い浮かべることができない時もそうですね。

 

一休さんの虎退治の逸話じゃないけれど、

自分の抱えている不満や不安を、

目の前に取り出すことは誰にもできない。

ということは、それらのネガティブな感情は

今の自分の中で作り出している幻想でしかない。

 

 

そういえば、坂爪圭吾さんも言っていました、

「自分の感情は選べる」って。

 

ご機嫌に生きるのだと決めてしまえば、多分、ご機嫌に生きることは意外と簡単なのだと思う。

自分の感情は選べる(これは最近の発見!ビビった!)し、自分の感情は先取りすることができる。

幸せになりたければ「おれは幸せに生きる」と決めてしまうだけでOKで、多分、自由になることは1秒でできる。

20:20 - 2017年7月12日


坂爪さんは普通の人とは違って遍歴の行者のような生活をしているけれど、

修行僧や神職でもない人が、日々の生活の中で、

感情はコントロールできるモノだということを発見できるのだから

世の中は広いな、いろんな人がいるんだな、って思うんです。www

 

彼が自分の感情は選択できんだと発見したように、

たしかに人間の持つ感情、喜怒哀楽は選択できるモノなんです。

 

ただ、それが選択できるという事実、

選択できるやりかたを

誰からも教わらなかっただけです。

 

もちろん、小さい頃は誰でもできたはずです。

道行く少年少女を見てください。

何も持っていないのに、ただ歩いているだけなのに、

楽しそうにしています。

 

でも少しづつ大人になるにつれ、

社会との軋轢の間で、

やりたくない学業やスポーツを強制され、

みんな、楽しく在ることを忘れてしまった。

 

大人の言うことをそのまま鵜呑みに聞いて

そのとおりに実行する子供だけが優秀だと評価される歪んだ洗脳教育の結果、

楽しくないことすら隠して生きている。

そして、お金の為にやりたくない仕事に就いている。

そう、それはアナタも私も同じですね。

 

 

では、楽しさや嬉しさを感じる(思い出す)

感情のコントロールの方法を教えましょう。

実はこれ、とてもカンタンなんです。

鏡の前で笑うだけです。

 

1)まず、微笑む。

2)次に口角を左右に広げると同時に細目にする。

3)次は「ハハハハハ」って声を出して笑う。

 

これを朝晩2、3回繰り返すだけで、

毎日笑顔でいることができます。

やってみてください。

 

これができるようになると直ぐに分かります。

周囲の人たちも笑ってくれるからです。

 

龍索堂は仕事をしている時、

最後に必ず相手に微笑んであげるんです。

そうしたら、10人の内8人は微笑み返してくれる。

 

でも2割の人は笑ってくれません。

笑い返す余裕が無い人なんです。

そういう人は、たいてい「勝ち負けが判断基準」の人が多い。

かれらは「笑うと負け」と思っているんでしょう。

だから、自分の笑みに対して100%の笑みを期待してはいけません。

目標は80%で良いんです。

 

また、“自分が(一所懸命に)微笑んでいるのに周囲の人は自分に微笑んでくれない”

と文句を言ってはいけません。

 

そういう時には、自分の意識のどこかに、

相手が感じるネガティブな思いがあるはず。

だから、まず笑顔を作って出会う人にプレゼントするよう心掛けてください。

そうすれば、やがてネガティブな思いを感じる余裕が無くなり、

自然に心の底から笑えるようになります。

(※コツは身心全体で笑うこと)

 

これを繰り返していると、

嫌いと思っている人、苦手と思っている人も、

やがて笑い返してくれるようになります。

 

思い出してください。

小学生1、2年の頃、貴方の目は澄んでいた。

この世界は輝いていたし、知りたい物や触れたい物ばかりだった。

あの時の世界と、今の世界は何ひとつ変わっていないんです。

ただ、貴方の知識と経験がほんの少し増えただけ。

そして生きる為に妥協と諦めを覚え、

知らない内に、澱んだ瞳で世界を見るようになってしまった。

 

思い出してください。

母親と赤子が何の意味もなく見つめ合って笑うように、

幼かった自分が、何も考えず周囲や社会や地球を笑って眺めていた頃を。

 

そうすると、大地も空も、周りのみんなも、

自分を笑って見てくれます。

これが「トホカミエミタメ(遠神笑み給へ)」の意味です。

 

 

感情コントロールの方法はとても簡単です。

喜・怒・哀・楽の感情のうち、

喜と楽は笑顔で行いますが、

怒も哀も同じやり方で作ることができます。

 

 

では、もう少し高度な方法を教えましょう。

 

喜・怒・哀・楽をコントロールしようとする時、

自分の意識の視点を脳内の視床下部(目の奥)じゃなくて、

後頭部かその後ろの空間に置くんです。

そして目の前にある自分を、

物体かロボットと思ってコントロールする。

 

たったこれだけのことですが、

効果はとても大きいですよ。

 

とはいえ、聞いたとしても

やらない人がほとんどですけどね。www

 

 

 

以上、龍索堂の近況報告でした。

 

 

 * * *

 

いつもお訪ねくださる方々、
時々お訪ねくださる方々、
お訪ねくださってありがとうございます。

 

 

 

少し懐かしい曲ですが、www

名曲「We Are The World」を歌いながら、

皆さまの日々の安寧を祈ります。

 

 

 

 

牽牛星と織女星

  • 2017.07.17 Monday
  • 11:45

 

 

 

 

みなさまつつがなくお過ごしでしょうか。

龍索堂も妻も、

大地と日月星辰の御加護を頂いて、

息災で過ごしています。(^^)v

 

 * * *

 

最近、単身赴任先で仕事を終えて、

ひとりベランダに座って煙草を喫っているとき、

ふと考えているんです。

 

家族っていったいなんだろう?

家庭っていったいなんだろう?

 

自ら望んだこととはいえ、

どうしてこんな山と海の間にある田舎町で

妻と離れて暮らしているんだろう?

 

困っていた知人を助けるため、

以前の職場で居場所がなくなったため、

・・・だったはず。

 

 

でも妻は、平日に龍索堂と一緒に晩ご飯を食べたり、

話ができないで淋しがっている。

まるで、一年に一度しか出会えない、

七夕伝説の織姫と彦星(牽牛星と織女星)のように。

 

言葉の端々にそれを聞くと本当に困ってしまうんです。

“2、3年は知人のホテル業務の手伝いを続けようかな”

と思っていたけれど、最近の妻の様子を見ていて、

“半年くらいで前倒ししなくちゃいけないかな”

なんて思い始めているんです。

 

 

毎日、ホテルに来る

旅行ツアーのガイドさんやドライバーさんのように、

一週間に一度しか家族に会えない 

そんなサービス業の人だってたくさんいる。

 

藤沢に家を建てた義理の弟は、

上場企業の管理職になった今でも家族を置いて、

しょっちゅう単身赴任している。

 

家族っていったいなんだろう? 

家庭っていったいなんだろう?

 

毎週、休暇の前日に妻の待つマンションに帰る。

たった2泊2日の休暇を過ごした翌日には、

また職場へ向かう、そんな日々の繰り返し。

 

“でも遠洋漁業の船乗りのように

1年間家に帰ることができない人に比べれば、

まだましなのかも知れないな”

なんて自分を慰めてみる。

 

家族っていったいなんだろう? 

家庭っていったいなんだろう?

 

高齢者と呼ばれる歳になるまで、

長い間そんな事を考えたこともなかったよ。(*_*)

 

 

四柱推命という運命学で見ると「駅馬」という特殊星を持っているためか、

住所を7回、職業を9回変えた龍索堂です。www

幸いなことに、正官、正財が主星なので、

なんとか普通の暮らしができているんでしょうね。

 

それにしてもあと半月後、

9年間で最も低い運期の底に向かうこの時期はキツイです。

8月の節変りで運期の底に到達したら、

後は上るだけなのでオイラの目論見どおりに行くはず。

それまで、おとなしく辛抱して耐えて過ごします。

 

 

家族っていったいなんだろう? 

家庭っていったいなんだろう?

 

僧侶や尼僧、修道士・修道女のように

家族や家庭や住居を捨てたわけではないので、

ふつうの平凡な暮らしでも構わないはず。

でも、わずか100年に満たない

この世界での旅の住処として、

大豪邸や高級マンションで暮らすのは、

龍索堂にとって望ましいことではない。

 

30年前に妻と出会って

『この女性と一緒に暮らしてゆきたい』と強く思った。

その時には、家庭の大小なんてどうでも良かったはず。

結果は、小さな箱庭のようなマンションにしか

住まわせてあげられなかったけれどwww

 

つまり、龍索堂にとって、笑顔の妻こそが家族で家庭なんだ。

一緒に暮らして、一緒にご飯を食べて、一緒に寝る。

それ以外のことはどうでもいい。

 

ただ、それだけのことを行うのが生活なんだ。

 

かりに、妻が先にこの夢の世界から旅立ったのなら、

その時は、妻の笑顔と過ごした思い出や、

なにげない日常生活を思い出して残る人生を過ごせば良いんだ。

 

 

でも、ふとしたはずみに思うんです。

 

家族っていったいなんだろう? 

家庭っていったいなんだろう?

って。

 

 

この記事を読んでくださっている貴方にとって、

家族っていったいなんでしょうか? 

家庭っていったいなんでしょうか?

 

 

暑い日々が続きます。

龍索堂は、汗をかいて不足するミネラル分を

毎日、黒にがり数滴を、

麦茶に垂らして飲んでいます。www

みなさまも、お身体にご自愛くださいね。

 

 

 

 * * *

 

いつもお訪ねくださる方々、
時々お訪ねくださる方々、
お訪ねくださってありがとうございます。

 

 

シルヴィ・バルタンと共に

「Love is blue/恋はみずいろ」を歌いながら、

皆さまの日々の安寧を祈ります。

 

青色、青色、私の世界
あなたのいない悲しい世界
灰色、灰色、私の人生
あなたが去って凍てついた心

赤色、赤色、私の瞳
ひとりぼっちで泣いたから
碧色、碧色、未熟な私
あなたを疑い別れた二人

(コーラス)
二人が出会って太陽は輝いていた
愛が消え果てた今、虹も消えてしまった

黒色、黒色、夜の闇
あなたを失いひとりぼっち
終わった、終わった、二人の恋
あなたのいない悲しい世界

 

 

 

経営者の憂鬱

  • 2017.06.26 Monday
  • 12:20

 

 

 

みなさまつつがなくお過ごしでしょうか。

龍索堂も妻も、

大地と日月星辰の御加護を頂いて、

息災で過ごしています。(^^)v

 

今回は、今まで龍索堂が出会った、

経営者達の心情の一端を記そうと思います。

但し、まだ存命の方もいらっしゃいますので、個人名は省略致します。

もちろんですが、使われる部下からの目線ですwww。

 

 

事業展開、金、部下、不動産、地位、異性、名誉、勲章。

できれば最後は王となって一国を支配する。

かりに王と成れなくても、その次に偉い宰相となる。

あるいは、官位(勲章)を貰う。

 

人はこれらの順で、より多くのモノを集めるために、

経営者や団体・組織の長となろうとしますね。

それを達成できた人が、

人間社会での成功者と呼ばれるわけだから。

そして勲章をもらってから、この世界を去る。

 

 

しかし、経営者・団体責任者に共通しているのが、

豪邸や高級外国車、美しい愛人を持っていても、

自らの家庭に住む家族や、あたたかい家庭に恵まれないことが多いんです。

そしてまた、子孫に恵まれない人も多い。

 

「家族・家庭って何?」

そう思いながらも、

社会的成功を手に入れることだけに

自らの人生でのエネルギーの大半を注ぎ込むわけですから、

当然と言えるかもしれません。

 

 * * *

 

社会的成功を考える時、

龍索堂にとって忘れられない人が1人います。

それはいままで仕えた経営者や、

経営能力を持ちながらそれを発揮しなかった人ではなく、

龍索堂が修行時代に出会ったKさんです。

 

彼のことは以前にも記したことがありますが、もういちど記します。

(記憶がおぼろげですから文言は以前と違っているかもしれません、ゴメンナサイネ)

 

二十代前半に龍索堂がお寺で修行を始めて5年ほど経った頃でした。

あるとき、こざっぱりした身なりで背が高く、

坊主頭の中年男性が訪ねてきました。

 

「お願いします。〇山先生の元で修行させてください」

 

『スミマセン、今ここは僧侶の養成機関を創設する話はありますがまだ出来ていません。

もし直ぐに僧侶になりたいのでしたら、個人的には高野山か永平寺へ行かれることをお薦めしますが?』

 

「いえ、僕は〇山先生のところで修行させてほしいんです」

 

『家庭の事はどうするんですか?』

 

「いいんです。龍索堂さん、ウソじゃなくて

僕はお金も、美味しい酒も、美人の女性も、もう飽きたんです。

だから本当に何も欲しくないんです。」

 

中年男性のKさんは、ほんとうに純真な目をしてそう言った。

それを聞いている若い龍索堂はといえば、

物質欲、権力欲の炎が消せないで困っていたのにwww

だから“いったいどれほどの贅沢や豪遊を重ねれば、その心境に至るんだろう???”

お金も、異性も、ご馳走も要らないというKさんの心底を、

龍索堂は計り兼ねていたんです。

 

Kさんは、それから数回訪ねてきて僧侶になりたいと

何度も懇願したけれど、龍索堂は上司に取り次げなかった。

(そうしても無駄だったから)

結局、Kさんは元の仕事に帰っていったのか、

あるいは別のお寺に行ったのか、今でもわからないままです。

 

龍索堂は社会的成功を思う時、

「社会的成功の全てを捨てて、残る人生を仏道修行で過ごしたい」と言った

Kさんの穏やかな言葉とまなざしが今でも思い浮かぶんです。

もし10年後に来たら、

Kさんは誰よりも立派な僧侶に成っていたんだろうな・・・。

 

 

 * * *

 

社会的成功者たちにとって、最も重要な仕事はたったひとつです。

それは、<運の良い後継者を残すこと>

もちろんですが、家族や息子や娘ならば良いけれど、

身内に後継者候補がいない場合は、他人でもかまわないんです。

後継者問題を考えるとき、多くの人が間違えるのが、

高学歴や社会的実績を修めた人を選ぶことです。

 

しかし、本当の意味ではそんなものはどうでもいい。

高卒程度の学歴で、社会的実績の無い人でも構わないんです。

必要な知識や経験は、後継者になってから少しづつ学べば良いし、

地位に相応しい周囲の人たちから教われば、何の問題もない。

 

社会的成功者とされる上場企業経営者たちの

失敗の原因はいろいろあるけれど、

彼らが、長年続いている粉飾決算を発見できないままでいるのをニュースで知るとき、

経営者資格には高学歴や社会的実績は意味がないことを証明していますね。

 

もちろんですが、高学歴や社会的実績は運の良さの表れの一つです。

しかし、しょせんそれは過去のモノ。

未来における運の良さとは違う。

 

もし貴方が、ある日とつぜん、大組織の経営者に抜擢されたとしたら・・・・

カンタンです。

困っている人や貧しい人、恵まれない人を助ける。

落ちているゴミを拾う。

たったこれだけのことで、運が良くなります。

(どこかの風水師の言うように、部屋の壁紙やカーテンの色を直さなくてもいいんですwww)

 

ゴミを捨てる人は運を捨てる人。

ゴミを拾う人は運を拾う人。

 

大組織に成長する過程では、地域奉仕活動や福祉活動を続けていたのに、

大組織に成長した後には、だんだんとそれらをやめてしまう。

顧客や社会の人のためでなく、

利益追求を目標にする株主を儲けさせるためだけに働くようになる。

 

その過程において、関係する多くの人の不興や恨みを得る。

そしてその目に見えない塵や芥が、

組織を支える重要な基礎部分<多くの従業員たち>を腐らせるんです。

 

どれほど大きな団体組織や会社であっても、

それを支える従業員たちの持つ不興や恨みを

そのまま放置しておいたのでは長く存続できるはずはないんです。

 

子孫や後継者に恵まれないと悩む経営者たちには、必ず余殃(よおう)がある。

 

これを逆にいえば、何十年何百年と続く国家・団体組織・会社には、

かならず多くの人から受ける余慶(よけい)があるんです。

 

余殃に泣く人は、これから幸運を拾って行けば良い。

余慶に笑う人は、今まで以上に他人に幸せを贈れば良い。

 

このやり方がわからなければ、教えます。

とても簡単ですよ。

<自分の周囲にいる人やモノ、出会う人やモノを助けること、

自分を見る相手やモノが、いつも笑顔で居られるように接すること>

たったこれだけのことなんです。

 

でもね、ちょっと面倒くさい。

だって、誰も見ていないときでも、

毎日まいにち、これをひたすら繰り返すのですからね。www

 

そして、誰がなんと言っても、

絶対に自分の持つ信念と夢をあきらめないこと!!!

(その信念や夢が今生で達成できなくても良いんです。

信じていようといまいと、

私たちはこれから何度も生まれ変わって、

次の人生に繰り越して持って行くのですから)

 

 

最後に<誰か黄金の金玉を知らないか>の

玉蔵さんの記事を引用して終わります。

キャリン・ジョンソンさんの話

お金もないし、スキルもない。車の運転さえできなかった。
 車社会のカリフォルニアで、運転免許がないのは大いに不利だ。
 「私には高校の卒業証書もない」とキャリンは言う。
 「私が持っていたのは、自分自身と娘だけだった」
 あとは、そうだ。
 「私は演技がしたい」というあの夢だ。

(中略)

マンハッタンの福祉住宅で育ち、

シングルマザーで、かつかつの生活をしていた彼女が
堂々たるハリウッドスターに上り詰めることができた。

----------

後は記事を読んで下さい。www

 


いつもお訪ねくださる方々、
時々お訪ねくださる方々、
お訪ねくださってありがとうございます。

 

 

本名 キャリン・ジョンソン 

芸名 ウーピー・ゴールドバーグと共に、

映画「天使にラブソング」の、

I Will Follow Him を歌いながら、

皆さまの安寧を祈ります。

 

彼女たち尼僧の歌うHimは、イエスキリストと、

その代理人であるローマ教皇(映画の中で最後尾にいる白服の観客)や、神父達のことです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

組織の人

  • 2017.06.13 Tuesday
  • 19:16

 

みなさま、息災でお過ごしでしょうか。

龍索堂も妻も

大宇宙と日月星辰の御加護を頂いて

元気で過ごしています。

 

写真は名古屋市名東区でみかけた

マツバボタンとツツジです。

 

この日の前日に、30数年前に出会った修行者時代の先輩で、

私たち夫婦の仲人をしてくれた〇〇敏江さんのお別れ会がありました。

敏江さんは亡くなる前日まで、いつものように元気でした。

でも、翌日の朝には起きてはこなかった。

眠ったまま他界されたそうです。

参拝者へ返礼を言うご主人の涙声がとても悲しかった。

西三河に住む元同僚を誘い、

“いつもいつもありがとうございました”って

故人にお別れを言って来ました。

 

“50代を過ぎると昔の事を思い出すようになるよ”って、誰かが言っていました。

 

楽しかった経験がたくさんある人は、

“あの時は良かった” “あの時は楽しかった”

と思うんだろうなと想像します。

 

けれども、龍索堂はそれほど昔の事をアレコレ思い出さないんです。

『楽しかった部分だけが記憶の全てじゃなかったはず』

『総体的に辛かった過去の、何を思い出して感慨にむせぶ必要があるのか?』

って思うんです。

いつものようにアマノジャクですね www

 

 * * *

 

いつもお越しくださり

記事を読んでくださる皆さまはすでにご存知のように、

龍索堂は組織に向きません。

 

組織が嫌い、と言っても間違いではない。

以前に何度も記したように、

私たちは、国、社会、金融ネットワーク等の大きな組織から逃れて生きてゆく事はとても難しい。

またそれ以外にも、宗教、政治、教育団体等、数えきれないほどの組織団体が有ります。

当然、誰もが目に見える、目に見えない何かの奴隷として生きているわけです。

 

奴隷生活が好きならそれで良いんです。

けれども、そこに自由はあるんだろうか?

虐げられる環境の中で、

ひたすら堪え忍んでいて

“しょせん人生こんなものさ”と

偽りの満足で自分を騙していないだろうか?

組織に所属している多くの人は、

「自分は大きな団体に守られている」と感じている。

けれども、本当にそうだろうか?

それは、抑圧を誤魔化すための錯覚じゃないのか?

 

 

幼少期から養護施設という組織団体に長く居た龍索堂は、

組織団体で生きてゆくのは苦ではないんです。

しかし、表面はおとなしく穏やかに見えても、

強い反抗心を持っているので、

自分の望まない組織団体に居るのが

嫌でイヤでしょうがない。

実は、歳とった今でもその傾向が残っている。www

 

その為か、いつも誰かに反抗したり、

今いる場所から逃げていたような気がします。

反抗する何も無ければ、自分の精神や肉体を虐げていた。

まさに隠れた精神的患者でした。www

 

「それによって誰か喜んだり、得する人がいるわけでもないのに、まったく困った人ですね・・・」

と精神科医や心理学カウンセラーはアドヴァイスするでしょう。

 

でも、今は知っているんです。

龍索堂の身心の葛藤によって生まれるエネルギーを

オイラの知らない処で喜んで食べている存在がいた事を。

 

狂喜をくぐり抜ける

 

<占星術SIMPLE AND DIRECT>秘密ノート

 

 

 * * *

 

人間には生まれつき、組織に属する事で安心や満足する性格の人、

一人あるいは数人で満足する性格の人、

大きく分けると、この2つのタイプがあるんです。

 

当然ですが、龍索堂は集団に属さない個人プレイヤーです。

どんな集団でも3日〜1週間で飽きてしまうんです。

 

多くの集団は、味方や敵対する集団のメンバーであることは許すとしても、

龍索堂のように、味方でも敵でもなく、

どういう集団にも属そうとはしない異端児を許さない性質を持っているんです。

 

なぜだと思いますか?

オイラは、長い間、集団が大好きな人たちが持つ感情の根本的な動因の原因を調べていて分からなかった。

いつもいつも、群れ集おうとする彼らや

彼女たちが不思議でならなかった。

そしてみんな仲良くやっているのかといえば、

毎日まいにち、集団内の誰かや、

組織の在り方に不平不満や愚痴を言っているのに、

誰もそこを去ろうとはしない。

気に入らないのに、いつまでも集団から離れてないでいる。

何がどうあっても、組織集団にしがみついているんです。

 

どうしてなんだろう?

あれほど陰口や文句を言っているのに

どうして集団から離脱しないんだろう?

 

いろんな会社組織や集団や団体に属しても、

そこから簡単に離脱した龍索堂には、どうしても分からなかったんです。

 

 

今では、その原因を知っています。

人々を集団から離脱することを留めようとするモノがある。

それは<恐怖>です。

そしてそれは自分本来のモノではない。

 

確かに、多くの生物は生まれながら

集団で生きていくよう本能的にセットされている。

 

でもちょっと待ってほしいwww

アダムやイヴの時代、人類が今ほど多く無かった時代。

その時から社会性が、本能というプログラムでセットされていたのだろうか?

それは違うんじゃないか・・・

その社会性は、今では本能に近い部分にあるプログラムだけれど、

人間が本来持っていたものではなくて、後から付け足されたモノではないのか?

(人間の持つ社会性は、生存の為に学習して得た結果だと人類学者は言うけれど、

しょせん、その論説さえも類推や仮説でしかない)


 

ドンファンがカスタネダに伝えたように、

集団性、社会性は「外来の装置(その正しさを証明するための装置の一部)」ではないか。

 

だとするならば、集団で生きている人たちにとって、

集団に属さず一人で生きている人は、

敵よりも早く抹殺すべき対象なんだろうなwww

だってありとあらゆる集団を否定しているように見えるわけだから。

 

 

私たち現代社会の人間は、

生まれてからこの世を去るまで、

両親、教育者、宗教者、政治家、思想家、学者、成功者たちから、

日々ありとあらゆる方法で与えられる洗脳の嵐の中に住んでいる。

 

そして洗脳者自身が、自らを動かして洗脳行為をさせている

大元の洗脳者の意図すら考えることはない。

 

“それならそれで良いじゃないか”

“知らぬがホトケだよ”

“生きてゆくのに、物事の深い意味を知らないまま死んでも良いじゃないか”

“誰かにあやつられたままで、奴隷頭に成りあがって生きるのも悪くない人生さ”

と、多くの先輩たちが言っていたっけ。・・・

 

 

でも、龍索堂は知りたいんです。

余命短くても、この世界を創造した存在に触れてみたいと思っていた。

 

しかしながら、

現代人が持っている歪んだままの思考や、

洗脳(汚染)されたままの脳に知識を溜め込んでみたり、

また、どれほど考究を積み重ねてみても、

大いなる(聖なる)存在を理解できないことに気づいたんです。

それは40代半ばを過ぎてからだった。

ずいぶんと長くかかり過ぎてしまった。

遅かった!!!と今になって思うんです。www

 

 

<麻布日曜会>さんが、6月11日のフェィスブック記事で

とても良い事を記していました。

名言でしたので、引用して紹介いたします。

---------------------

「理解という矛盾を超えてゆく」

本質は常に理解の向こう側にある・・・(中略)

現代人は人の中にある「理解しようとする」という「自己矛盾」を超えた時。

人は無限の創造力の泉の中に浸かっていることになる。

「解放」とはそういうことである。

我々はそれを知る必要はなく、ただ受け止めるだけで良い。

それが「自然」ということである。

---------------------

 

要は『知恵を求める道』と、『知恵を生きる道』があるってことなんでしょうね。

龍索堂は『知恵を求める道』を生きていたような気がする。

だから今後は残る余生を『知恵を生きる道』で行こうと思っているんです。

 

 

 * * *

 

現在の龍索堂は、三河地方の田舎にあるホテルでフロント業務の仕事をしています。

そして、時間があるときには、

駐車場の草むしりやゴミ掃除をしているんです。

【塵を払え、垢を除け】

と言いながら。

 

この短い言葉を唱えるようお釈迦さまから言われて、

毎日まいにち掃除をして、やがて解脱を完成した

チューラパンタカ周利槃特尊者・しゅりはんどくそんじゃ)のように。www

(仏教では解脱を完成した人を尊者や聖者と言います)

 

もちろんですが、清掃作業だけで

阿羅漢(ブッダと同じ涅槃の境地を獲得した聖者)に成れるわけではありません。

周利槃特尊者の心は愚鈍なため、瞑想をしたり、論理を積み重ねることはできなかった。

 

けれども彼は掃除という行為によって過去世の悪業消滅を行うと共に、

【塵を払え、垢を除け】の言葉だけに集中することで、平等観・無分別観・専心念仏を行っていたのだ。

と龍索堂は思っています。

 

過去世に積み重ねた悪業をキレイに取り除くためにも、

そして身心に相剋をもたらしている

外来の装置である恐怖心や判断基準を

無思考によって粉砕するためにも、

日々、身の回りの掃除と、心の掃除は欠かせませんね。

 

 

以上、龍索堂の近況報告でした。

 


いつもお訪ねくださる方々、
時々お訪ねくださる方々、
お訪ねくださってありがとうございます。

 

現在の龍索堂は、記事の更新を1か月に一度くらいしか出来ませんので、

悪しからずご了承ください。

毎日訪ねて来て下さる方には恐縮・感謝しています。m(_ _)m

 

 

ダイアナ・ロスとライオネル・リッチーの歌う名曲

「マイ エンドレス ラブ」

を聞きながら、皆様の息災と繁栄と安寧を祈ります。

 

 

 

 

愛のロボット(部分改訂)

  • 2017.05.23 Tuesday
  • 17:18

今日の花:マツバボタン

 

 

 

最近の読書

 

 

みなさま息災でお過ごしでしょうか。
龍索堂も妻も、地球と日月星辰の加護をいただいて、
平穏に暮らしています。


交通事故で左足をひかれた息子君は、
手術も無事に終わり、松葉杖を使ったリハビリ中です。
不自由が残るとはいえ、左足がそのままで息子君はラッキーでしたが、
加害者君はどうやら真摯な方のようで、
息子君以上にラッキーでしたねwww


最近は、土日仕事のサービス業に転職したので、
青少年健全育成の奉仕活動も、
愛魂柔術のお稽古も休んでいます。
青少年健全育成の奉仕活動はともかく、
お師匠様のご尊顔を拝することができずに、
まことに残念でなりません。(T_T)


でもダイジョウブ。
龍索堂は、今までにない新しい夢を見ているんです。
ひとつは新しい仕事。
もうひとつは・・・秘密です。www


龍索堂は、今まで沢山の本を読んで知識を得てきました。
霊的指導者の伝記、オカルトの技法、運命学、心理学、整体技法、栄養学、類型分類学等々。
また沢山の仕事も経験してきました。


龍索堂の知識と経験に触れた人たちは皆、
初めは対等に近い立場でいろいろと聞いて参考にするのです。

しかし、私を雇った経営者たちは、
数か月も経つとそれに飽きてしまい、
他の従業員と同じように、上から目線での奴隷扱いを始める。
龍索堂の出会った経営者は、そういう人が多かったんです。


結局のところ、企業の新しい未来を創るのではなく、
昨日までの業務を少しだけ変化させるために、
毛色の変わった奴隷が欲しかっただけなのかもしれませんね。


九星術で言うと、龍索堂を使おうとした経営者は、
五黄土星、二黒土星、八白土星の人が多かった。


かれら土星の性格は、一様に泥臭いのです。
だから、輝いて見える完成された六白金星や九紫火星にいつもあこがれている。
けれども、強力なバイタリティーを発揮しても、金を払っても、
実際にはそれに変わることも、身に着けることもできないんです。
ここに土星が常に抱えるジレンマがあります。


彼ら土星生まれの多くは、
「新しい知識や他の業界の合理性を取り入れて改善しよう」と口では言うんです。
しかし、実際は一時的なサルマネで終わってしまうことが多い。

 

実際のところ、合理性や改善変化を受け入れられる人は多くないんです。

“爺さん婆さんたち、お前たちのやり方は古くて甘いんだよ!!”
と言いたいところですが、
傍目から見れば、龍索堂自身が老境に入っていますので、
(気分は中学生なんだけど)じつにおかしな話です。www


それだから、知識と経験を秘かに行ったり、
個人的に伝える事はあっても、
職業の中で具体的に活かす機会はほとんど無かったんです。
というより、龍索堂の得た知識や経験を必要とする経営者には出会わなかった。
おそらく“目の前の儲けにつながらない”と思われたんでしょうね。

 

身心の不調の原因や健康、家族や子孫繁栄は、
いつの時代、誰にとっても、儲け以上に重要なことなのにね。

 

だから土星の人たちを、当人が気づかないように、
陰から支えた事は、数えきれないあるのだけれど。

 

 

目先の利益を得るための徹底的な合理性の追求が良いとは思えない。
けれども、公私混同のドンブリ勘定や変化する社会を無視した、
新しい取り組みをしない昔のままのやり方が良いとも思えない。

要はバランスだと思うんです。

 

利益や合理性追求だけの経営、
家族的経営のどちらにも偏り過ぎてはいけない。

 

しかし現実には、生き残りの方策として、
高い顧客満足度を得た結果として利益を得ることを声高に言う成功者達がいて、それらがもてはやされている。
それはそれで間違いではありません。

 

しかしながら、どういう成功体験であろうとも、
それらは一時的な仮説でしかないんですね。(*_*)

 

 

けれども、それよりは、
現在勤務している従業員の
勤務条件における満足度を上げる方が、
組織を存続させる取り組みとしては
優れていると思うんです。


ところが、従業員が給与や勤務状況に満足していると
勤続年数が伸びて、高い給与、高い賞与を支払わなければならない。
だから、それをさせないために、
あ・え・て・従業員の平均年齢を下げる取り組みをしたり、
社会保険料の企業負担を減らすために、
パートやアルバイトなどの期間従業員を増やしたりしていますが、
我々は、低賃金に甘んじて何十年も同じ作業を行うだけのロボットじゃない。
(従業員全体の8割は、常に命令された作業だけを行いたいと思っていることも知っているけどね・・・)


 * * *

 

<人間はロボットよりも幸せか?>

アイザック・アシモフが「夜明けのロボット」、「ロボットと帝国」で記したように、
ロボットが人間の感情や愛を理解できるのは時間の問題と龍索堂は思っています。


 

 

そして、そう遠くない時代に、

ロボットがロボットを創造し始めると、

やがて、人間が創造主であることを知らないロボットが生まれるのでしょう。
その頃には、ロボットたちも人間と同様に、
悩み苦しみ、また幸福について考えることと思います。
そう遠くない未来において、
ロボットたちが、人間と同様に悩む時代が必ず来る
龍索堂はそう信じているんです。
とうぜん、人間とロボットの境界は限りなく0に近づきますね。
これは、ジェイムズ・P・ホーガンによるSF小説
『造物主の掟』(ライフメーカーのおきて、原題 Code of the Lifemaker)
のテーマです。
ロボットたちが「感情」や「愛」を知ったとき、
人間社会はいったいどうなるのか?
とても面白いテーマです。www

 

これからの人間とロボットが共生する社会の究極は、

【1】ロボットに人間としての生き方を指導してもらうようになる。(ロボットに支配される)

【2】感情を持ち夢を見るスーパーロボットさえも支配できる超人が現れる。

これら以外はあり得ないでしょう。

 

ロボット工学者たちは、

R・ジスカルド・レベントロフや、

R・ダニール・オリボーのようなスーパーロボットを

早く創り上げてくださいね。www
 * * *
「置かれた場所で咲きなさい」

保江邦夫先生の名誉母親である故シスター渡辺は、

「置かれた場所で咲きなさい」とおっしゃられました。
置かれたのは自分で、置いたのは神様というわけです。

 

もちろん、置かれた場所が気に入って耐えきれるのならそれで良い。
けれども、
『置かれた場所は地球上なんだから、どこで咲いてもいいじゃないか』
『嫌な生活や、身心が壊れそうなほど辛い生活や職業からは逃げても良いじゃないか』

と龍索堂はちょっとアマノジャクに思うんです。
だって自分の人生なんだもの。


常に他人の視線や評価を気にするのは、
人間が生まれつき持っている社会性とはいえ、
現代都市生活者の持つそれは、
親や教師が(自分たちはその意味も知らずに)子供たちに埋め込んでいる洗脳が多いんだから。

他人の視線ばかりを気にして、
常に何かや誰かに怯える必要はどこにもないんです。
だから、風に舞う一粒の種のように、
気ままに暮らしてみるのも悪くはないはず。


<仮に神様や創造主がいるとして>

宇宙や惑星や動植物や人間を創造した瞬間に、

今日、わたしたちが知る様々な宗教的戒律をも

創造したのでは無かったわけだから。

『ほとんどの宗教的戒律や倫理や道徳や主義や思想は、

宇宙創造から数十億年後(歴史的に見ればつい一昨日くらいの期間)に出来た後・付・け』です。

お〜っと、これ以上詳しく言うと、どこかの誰かに狙われてしまいます。(**)

いつもお越しくださる方々ならば、この意味するところが分かるでしょう?www

 

 

じっさい、身心がくたびれ果てている人にとっては、

いばや通信の坂爪圭吾さんが記す々の言葉が、

心の奥に響く人も多いんじゃないかな。
彼の言葉は、まるで高僧のように秀逸です。
多くの人が、彼のように、<何もない幸せ>を感じることができれば、
日本からもっと自殺者が減るのに・・・。
 * * *

龍索堂は、この記事を、

単身赴任先のネットカフェのマッサージチェアの上で記しています。
(最近、立ち仕事や草むしりがハードで身体にこたえるんです)
それに、単身赴任先のアパルトマンには、テレビも新聞もPCも無いwww

そして読書も映画もDVDレンタルもしなくなり、

思考を使わない生活を始めたら、

なんだかとても違和感を感じます。

その反面、毎日まいにち、処理できないほどの
重商主義の洗脳情報を見聞きしないのはとても良いことです。

 

国営放送が宣伝をして、みんなが騒いでいる北方ミサイル発射ショーは、
日本や韓国が高額な軍事防衛システムを※国から買うのと同時に、
な_ぜ_か_飛んで来なくなりますから、心配はありませんよ。

だって、もし秘密の約束を間違えて一発でも日本列島に届いたのなら、

その数分後には北国は壊滅してしまうんだからwww

 

 

それよりもオイラにとって残念なのは、
笑顔の妻と共に、日々の夕食をいただけないことです。(T_T)

それを叶えるためにも、がんばって新しいを夢を見続けて、
この世界に物質化しなければwww。

【 息子よ、この大宇宙は意識である。
意識によりこの夢が生まれ、
夢は一部が物質として目に見える。
おまえがすべての果てに到達したとき、
新しい始まりと続きをおまえの意識が開くのだ。
無から、新しい、美しいおまえが誕生する。
おまえとおまえのほとばしる希求、魂と夢を映しながら、
私の息子よ、おまえは無限であり永遠、
おまえの内に創造の夢がある 】
アナスタシア ロシアの響きわたる杉シリーズ 6巻
「一族の書」61頁より引用

 

みなさん、自分や他人を損ねたり破壊する悪夢ではなく、
他人も自分もみんながハッピーになる夢を見て、
その夢によって物質を創造して
楽しい人生を過ごしましょう。

夢見るのは、タダなんですから。

それに、とうぶんの間は、

人間のように愛のエネルギーと共に夢を見るロボットは

創造されないでしょうから。wwwww

 


以上、龍索堂の近況報告でした。

 


いつもお訪ねくださる方々、
時々お訪ねくださる方々、
お訪ねくださってありがとうございます。

 

アヴィ・アヴィタルがマンドリンで弾く、

バッハ:ハープシコード協奏曲第1番ニ短調 第1楽章

を聞きながら、皆様の息災と繁栄と安寧を祈ります。

 

 

 

聞き比べをしたい人は、コチラ↓
J.S Bach: Harpsichord Concerto No.1 in D minor BWV1052 Allegro -
バッハ:ハープシコード協奏曲第1番ニ短調 第1楽章

お久しぶり

  • 2017.05.07 Sunday
  • 23:23

ヒメヒオウギ

 

 

 

最近の読書

 

 

みなさま息災でお過ごしでしょうか。

龍索堂も妻も相変わらずの生活を・・・

と言いたいところですが、とんでもない!

この一か月間は、10年にいちどあるかどうかの、

大いに変化のある日々を過ごしていました。

 

龍索堂は、新しい仕事場に行くようになりました。

高速道路で1時間をかけて自宅から60kmも離れた職場へ通っています。

 

「龍索堂ちゃんのような物知りなら、名古屋市内のどこにでも勤め口はありそうなのに」

と義兄が言ったようですが、有名大学卒業ではなく、

たいした社会実績もない高齢者には、

キツイ、キタナイ、キケンな仕事や、

サービス業界しか雇ってくれる企業は無いんですね。(T_T)

 

新しい職場は三河湾の見える、

人口8万人の田舎のビジネスホテルです。

実は30数年前、経営者の知人に地元で一番良い名前を付けさせたのがオイラ。

つまり龍索堂がゴッドファーザー(名付け親)なんです。

 

当初はキレイでしたが、

新館を増築してから10年も経つので、

あちこちが傷んできています。

特には、植栽と駐車場の端やアスファルトの裂け目に生えた雑草が

みすぼらしさを増している。

これはヒドイ!!と思ったので、初日から休憩時間に草むしりを始めました。

 

なにせ300坪もある敷地ですから、一通り終わるまで一か月もかかったんですが、

今では、ズイブンとキレイになりました。

 

「そうじ」「あいさつ」「でんわ」で再生した川六のホテルのように、

都心部はともかく、田舎のビジネスホテルは、

見た目が1番肝心ですからね。

 

 

 

龍索堂は、しばらくしたら、平日は単身赴任をしなくちゃいけないので、

そろそろ準備をはじめようと思っているところです。

 

それにしても難儀をしたのが、長年デスクワーク中心でしたので、

一日中立ち仕事に変わってから身体が、特に足腰は悲鳴を上げていました。(*_*)

現在、サービス業界人たちの苦労を身を以て体験しているところです。

 

ホテル業界も、少子化のあおりを受けて大きな転換期に差し掛かっています。

団塊の世代が若い頃、一泊の研修旅行が流行り、

大勢の会社員団体が大挙して押し寄せた時代が過ぎた為、

その時代に合わせた建物構造やサービス提供は、

とっくの昔に時代遅れになってしまっている。

 

結局のところ、現在では二極に分化しつつあり、

集客の多い勝ち組、

「スーパーホテル」のような合理的な都市型ビジネスホテル。

「星野リゾート」のような個性的で意外性に富むリゾートホテル。

「大江戸温泉物語」のようなテーマパーク型ホテル。

そしてそれ以外の、集客の少ない負け組に大きく分かれています。

 

また、日本の観光業界そのものが、外国人観光客に依存しなければ、

生き残れない時代になっている。

それに加えて、若者がサービス業界のきつい仕事に耐えられず、

高齢者や在日外国人留学生によるバックヤード支援がなければ、

運営そのものが立ち行かなくなっているんです。

まるでコンビニエンスストアのようですね。

 

そして、多かった中国人観光客も近年減りつつある、

とツアーガイド達は言います。

この点でも、どこにでもある、ありふれたサービスでは、

観光客を引き付けることが難しくなっています。

 

余所と同じこと、昨日と同じことを明日も続けるのでは、

誰からも見向きもされなくなるのは、

昔から当たり前のことなんですが・・・。

 

 * * *

 

そういえば、4月に息子が交通事故に遭いました。

駐車場から出てきた車に、左足首と膝部分を引かれたんです。

当たり所が悪ければ粉砕骨折で、左足切除でしたので、

足首の部分損傷と、膝の靭帯剥離骨折で済んだのは、不幸中の幸いでした。

先週、手術も無事に終わって、現在は松葉杖で歩くリハビリ中です。

 

でも、“本当に運が良かったのは、相手かもしれないな”などとも思うんです。

もし息子の左足切除なんて状況だったら、

キッチリ落とし前をつけてもらうことになるから。

いえいえ、オイラは裏稼業の人間じゃないので、

具体的に物騒なことはしませんよ。www

 

本当に怖いのは、龍索堂夫人の方です。

彼女が狙いを定めて特定の人の不幸を願ったら・・・

それはただじゃ済まないので、コワイですよ。(*_*)

 

日本のインド系密教行者の多くが唱える真言陀羅尼:マントラの最後には

たいてい娑婆訶:ソワカ(スヴァーハー)の言葉が付いているのですが、

これは、古代インド神話に登場する火の神アグニ神の妻の名前です。

火神アグニよりも、アグニの妻スヴァーハーに祈ると効験が早く叶えられるという伝説も、

あながち間違いではありませんね。www

(ホーマ:密教行者は、外護摩・内護摩のいずれにしても

燃える護摩の火炎によって神々に祈りを届けるので、

火神アグニを通さないと祈りは叶えられない)

 

祈りを運ぶ女神

般若心経の最後 「ソワカ」の漢字は 僧莎訶

 *  *  *
そんな事がいろいろあって、とても多忙な一か月でした。

 

この間、読書できたのがたった1冊。

それがアナスタシア リンギングシダーシリーズ6巻『一族の書』でした。

これは新記録です。

30数年間、こんなに読書しなかった時は、

記憶にありませんから。www

 

著者のウラジーミル・メグレ氏も記す通り、

私たちの生きる社会は、それが民主制、共和制、共産制、独裁制いかなる政治形態であっても、

貨幣が中心(通貨発行権を持つ金融機関が世界中の人々を支配している)という点では、

人間として生きる上で根本的に間違っていると思うんです。

 

私たちは、

わずかな小銭を得るために、望まない仕事に就き望まない職場に行かなければならない。

わずかな紙幣を得るために、人生の大半を企業に奴隷として属さなければならない。

そんなことを生まれてから死ぬまで繰り返し続ける。

そしてすべての教育機関は、その下請け工場として労働者見習いを教育している。

まるで、意志を取り除かれた大量のゾンビを生み出すように。

 

日本はアジアの周辺国に比べて少しは良い国、と思う人もいるでしょうが、

残念ながら、選挙制度を持たない政治形態の北朝鮮や中国を笑える人はいません。

自由意志があると思い込んでいる洗脳されたゾンビが、

隣国の自由意志を持つ事を許されないゾンビを笑うことこそ、

滑稽な話以外のなにものでもありませんね。

 

 * * *

 

「大宇宙は意識である。意識によりこの夢が生まれ、夢は一部が物質として目に見える。

息子よ、おまえは無限であり永遠、おまえの内に創造の夢がある。」

 

アナスタシアシリーズでは「創造主がアダムに言われた(と記されている)」ように、

龍索堂は、これからも新しい夢を見ようと思います。

 

「残り少ない人生の高齢者が、いまさら何を夢見るのか?」と思う人もいるはず。

また、創造主や神や仏を信じない思想や主義の人もいる。

人生は死んだらそれでお終いと考えている人もいる。

 

しかしながら、どういう思想や主義主張を持っていてもかまわないので、

ぜひ一度「一族の書」、または「共同の創造」を読んでください。

 

そこに記されているのは、

私たち現代社会の人間が二千年前に失ってしまった、

尊い物が記されています。

 

これについて龍索堂は多くを語りません。

なぜなら、私も世界中の人と同じように、

洗脳され眠ったままなのですから。www

 

 

龍索堂は、また読書ができる時間が持てるようになったら、

記事を更新したいと思います。

ずいぶん先の事になりますから、

頻繁に訪ねて来ないようにして下さいね。

 

 

では、皆様、お身体にご自愛の上、

楽しい人生を過ごしてください。

 

 

いつもお訪ねくださる方々、

時々お訪ねくださる方々、

お訪ねくださってありがとうございます。

 

 

EQUINOXE『軌跡』
 ジャン・ミッシェル・ジャール
 を聞きながら、
 皆様の息災と繁栄と安寧を祈ります。

 

新しい春_加筆訂正

  • 2017.04.03 Monday
  • 00:16

 

皆さまは息災でお過ごしでしょうか。

龍索堂夫妻は、大地と日月星辰の加護をいただいて、

毎日気楽に過ごしています。(^^)v

 

 * * *

 

【最近の読書】

池田清彦先生です。www

 

 

 

 

 

最近、古い知人との関係の玉を小さくしました。

(人はそれを別れと言います)

また古い友人との関係の玉を磨きました。

(人はそれを温故知新、新たな出会いと言います)

 

「なんだ、そんなの毎日のことじゃないか」

と言えるのは、未来ある若い人だけなんです。

 

私のように年を経てくると、

新しい刺戟にも、新しい社会環境にも直ぐにはなじめず、

昔のままの生活を送りたいと願うようになるんです。

また、人間関係の玉も昔と同じように維持したいと願うんです。

(関係する知人もだんだんと減っていきますけどね)

 

そして「人間社会で起きることは、昔と大差ないな」などと思いながら自分を慰めている。

 

新しいファッション、新しい恋の歌、新しい科学技術、新しい暴力、新しい社会制度、

それらをよくよく掘り下げてみると、

実は、数十年前の昔のことを繰り返しているだけのように思える。

 

新しい素材は別にしても、ファッションの形は、

若い人たちは知らないだけで、30〜50年前にあった物のコピーに見える。

科学技術によるロボットだって、

アイザック・アシモフが1950年代から発表しているのが、

やっと現実になってきている。

 

本当の意味で、この世界に新しい物なんて無いんじゃないだろうか。

そう言ってる私の細胞も、10数万年前に生きていた

祖先たちのコピーなのです。www

 

 * * *

 

実は龍索堂、この3月末で仕事を変わりました。

正確に言うと、今の仕事をリタイアしたんです。

 

18歳からの転職回数は、なんと8回目。

西洋人なら別に大したことのない数ですが、

終身雇用が当たり前と思っている

龍索堂以上の年代の人たちから見ると、

こらえ性のないヤツと思われるでしょうね。

そしてそれは事実なんだからしょうがない。www

 

所属している会社や組織団体を辞める時は、

いつもある日突然のように見えるけれど、

当人は、その何か月も何年も前から、毎日のように考え続けている。

その間は、奴隷のように虐げられても

みんなと同じように真面目な顔をして服従しながら、

ひたすら耐えて仕事をしているわけです。

でも“どうしてもここは自分にとって合わない”と思い至るともうダメ、

そういう性分なんです。

 

自分と周囲の間にある

関係の玉を破壊することに快感を覚えてしまうのは、

月命が五黄土星だからかもしれませんね。www

 

人間は「未来が無い」と絶望した時に自殺を選択します。

私1人だけなら、そういう選択をしようと思ったことが何度もありました。

でも、妻のため、子供のため、姉のため、結局のところ自死には至れなかった。

 

会社も同じなんです。

「この会社組織の未来には、自分の居場所は無い」そう思い至った時、

男性は社会的な死である退職・転職を選択します。

女性は、未来を頭の中で思い描いていないので、

自らの意志で転職や退職を決めることは少なく、

家族の問題や、同性どうしの虐めや嫌がらせで辞めることが多いのです。

 

しかし遠い未来を思い描く男性は、

辞めるまでの期間(私の場合はだいたい1年ほど)

何度もなんども未来をシミュレーションしているんです。

 

未来を描く間、明るい希望の光が見えない時はとても苦しい。

家族にも親しい友人知人にも誰にも言えず、

仮に相談したところで、自分の置かれている状況を、

正確に理解できる人など何処にもいないから。

 

誰にでも10年に一度はそういう時期が必ず巡って来るのですが、

そういう時は、多くの場合、運期が下降しています。

あるいは、運期が上昇していても大凶の年で、第三者評価が低い時期です。

こういう低潮な時期を指して、一般には厄年と呼びます。

(しかし厄年が辛くない人もいます)

いずれにしても、凶、大凶の年回りには違いありません。

 

龍索堂は六白金星の年生まれです。

このグラフを見てください。

 

今年の年回り(左から3つめ)は大吉で良い年ですが、

運期が9年間でいちばんの谷底です。

数年前から、この谷底をめがけて、

運期の下降と共に周囲の第三者評価が下がっていたのです。

もちろん谷底に落ちる数年前から、

落ちた時のための準備や

それに対応するよう心掛けてはいたのですが、

残念なことに努力の甲斐はなかった。

 

こういう運期の波を知らなくても、

頑張っているのに高く評価されない時、

さぼっているのに高い評価を得る時があることを

不思議に感じたことが誰にでもあると思います。

それは運期の波の高低だけなんですね。

 

個人の努力や頑張りとか、

対前年実績などの世間的評価というのは、

薄っぺらな見方でしかないモノで、

当人の努力とは全く関係が無いことが実に良く分かります。

 

これは、負け惜しみではありません。

それを感じるほど若者ではないからwww

 

もし、こういう時期に仕事や家庭環境で苦しんでいる人から

運命相談を受けたのなら、

『運期の下降は今年の8月で終わるので、

あとわずか半年だけ、なんとか辛抱してください。

そうすれば、あと数年は上りになるので楽になりますよ』

とアドヴァイスします。

 

果たして、六白金星の龍索堂を

落ちた人として評価した会社、

これから上る人として評価する会社、

どちらに分があるのかは、

説明をするまでもありませんね。

 

何を言いたいのかって?

『運期が落ちきった人(=実はこれから上る人)の

数年後の未来を期待できなかった組織は、

当分のあいだ隆盛は難しい』

と運命鑑定者は判断するんです。

 

もし、これを読んでいる貴方が、

人を採用する立場や、人に評価を与える立場なら、

運期の谷底に落ちた人へは、直ぐに手を差し伸べるべきなのです。

なぜなら、彼らの運期は必ず直ぐに登るから。

 

そういう観点から見る時、

今まで数年間、運期が上がっていた人には高い地位を与えてもよいけれど、

高い年収を与えてはいけません。

これから数年は必ず運期が下がるから。

 

その反対に、運期の下り坂の人には敢えて高い年収を与える。

しかし地位はそのままで良いんです。

(数年後にはその年収に見合った分を稼いでくれるはずです)

 

ほとんどの企業や組織が、

過去に実績を挙げた人を高く評価して、

(=未来もきっと実績を上昇させ続けるだろうと予想して)

地位や年収を同時に上げるけれど、

実をいえば大半の人は、これから数年間、活躍できる人ではないんです。

多くの企業や組織では、これを知らないで人事を行って、

結果として組織繁栄の足を引っ張っています。

 

ですから、普通の人が、

過ぎ去った過去の実績を基準とした社内規程に基づいて、

正確な第三者評価を与えたつもりでも、

未来予想は、その反対の結果をもたらすことになる。

過去の実績を中心にした評価は、とても危ういんです。

 

むしろ、公務員のように、3年で自動的に転籍、転勤を行う方が、

合理的で良いのかもしれません。

 

もういちど言いますよ。

高い地位は運期の上り坂で与える。

高い年収は運期の下り坂で与える。

(地位と年収はこの反対でも良いけれど、

同時に与えることは避けたほうが良いのです)

また運期が最高(山)と最低(谷底)の時期は、

両方ともに現状維持で良いんです。

 

かりに、現在はそれほど高い評価を与えることはできなくても、

過去に高い実績があれば、それを再び期待して少し評価を上げるだけで、

当人は頑張ってくれるのです。

 

実際には昨年や今年と同じ努力でも、運期がそれを後押ししてくれるわけで、

『人間の評価は未来の期待値こそが最も重要な項目』

ということになるのです。

 

株式投資をしている人なら、この事を嫌というほど知っているはずです。

優良企業の株は価格が下がった時に買う。

優良企業の株は価格が上がった時に売る。

 

もちろんですが、これは龍索堂の個人的見解ですから、

あまり真剣に取り組まない方が良いですよ。

だって、これから上るだろう運期を予想して高い地位を与えたり、

これから下るだろう運期を予想して(他社から引き抜かれるのを防ぐために)

高い収入を与える。

そんな世間とは正反対のように思える評価方法など、

多くの人は誰も納得しませんからね。www

 

 * * *

 

龍索堂の場合、今までの会社との間にあった関係の玉を

縮めざるを得なかったのは、

私が過去において積んできた悪業の成せる結果ですから、

今生での努力だけでは、なんともしがたかったのです。

 

 

妻が思うように、

龍索堂の目に見えない陰の努力を

一般の人が高評価できなかったとしても、

その人達を恨むのはお門違いです。

 

さて龍索堂は、これからどうなってゆくのでしょうか?

 

それは誰にも分かりません。

とりあえずは、自由気儘に自分の好き勝手なことをしようかな。

な〜んて思っているんです。

 

みなさま、生あたたかい目で見守ってくださいね。www

 

 

■■■ここからが加筆訂正部分です。

 

と今まであれこれ書いてきましたが、実は本当のことを言うと、

給与も勤務条件も悪く、離職率の高いサービス業界にいる

35年前からの知人夫妻から、入社を懇願されたのです。

 

この夫妻からは、過去に何度もなんども“来てほしい”と言われていた。

『新しく店舗を購入したら、貴方たちの望むように、

そこの責任者を引き受けるよ』と龍索堂は約束したけれど、

3件の店舗購入が不成立に終わっていたので、

その度ごとに『今回は残念だね』と断っていたんです。

 

その夫妻はそれでも諦めず、20年もかけて、

ようやく今年の2月に小さな店舗を購入できたんです。

 

そして、間違い電話がかかってきた。

ちょうど、その時、歯科医の帰りに喫茶店で休憩しながら、

これから先の数年をどうしようかと悩んでいた。

“秋葉大権現さまは、オイラの将来をアシストしてくれないのかな?”

と思っていた数分後、

その夫妻の奥さんの方から間違い電話が掛ってきた。

なんと3年半ぶりに。

龍索堂は、スマホのモニタに表示される相手の名前を見ながら、

“秋葉様・・・、本当にこの人なんですか・・・”と思いながら。

「あっ、龍索堂さん?いま前の会社に用事があったけれど、間違えて電話しちゃった。」

と世間話をしていた。

「ところで、前に約束したよね。

新しい店舗を購入できたら、ウチの会社に来てくれるって」

『うん、まあね・・・』

「今、何してるの?」

『普通に中小企業のサラリーマンだよ。壁際の名ばかり管理職だけどねwww』

「じゃあ、ウチに来てくれる?」

『う〜〜〜ん、どうかな。“やっぱりアンタなのか?(TT)”

でも人は足りているんでしょ?』

「それがね、旦那が糖尿病で先月、病院へ担ぎ込まれたのよ、

アタシたちもそう若くないから、心配でね(シクシク)・・・」

“オイオイ、突然の間違い電話で泣くなよぉ・・・”

「でね、来月にオープンレセプションがあるから来てね♪」って言う。

『いやぁ〜ちょっと分からないな。行けそうなら連絡してから行くよ』

「いやっ、絶対に来て!!!」

『だから、今はわかんないんだよ・・・』

「いいわ、待ってるから!」

『う〜〜ん、考えとくよ』

「ほんとに待ってるからね!!」

『アンタほんとに昔からガンコ者だな!!、もう。』

「じゃあまたね、待ってるから♪」

『分かった分かった、とにかく切るよ』

「はいはいwww」

 

ご主人が糖尿病だということ、

先月それが悪化して病院へ担ぎ込まれたというのは本当なんだろうな。

あの気丈な奥さんが電話口で泣くんだもの・・。

それにしても秋葉様、よりによってあの夫婦のところなんですか。

ハァー(ため息)・・・しようがないなぁ・・・・。

 

とりあえず、プレオープンのレセプションにはお祝いのチョコレートを贈った。

そしてそれから2週間後に、電話して訪ねて行ったんです。

そしたら、奥さんと娘と孫が迎えてくれて、

世間話の後に入社試験問題を答えさせられた。

テキトウに書いて渡したら、

「あっ、これ、全問正答でなくても良いから。

ところで、いつから来てくれるの??」

『はぁ〜〜???オイラ来ることになってるのかい?』

「だってさぁ、ダンナの糖尿病が悪化しているし、

娘はまだ孫の面倒を見ているし、アタシ心細くって(T_T)・・・・」

『おいおい、こんなオープン当日に泣くなよ』

「じゃあ来てくれる」

『アンタ、オイラを泣き落としするのか?!』

「だってさぁ・・・・・・」

『良い年してブツブツ言うんじゃないの!!

・・・・2、3日考えさせてくれる?』

「そう。待ってるからね♪」

『だ・・か・・ら・・考えとくって言ってるんだよ!』

「分かったわ。良い返事を期待してるから♪♪」

 

ということで2日半、悩みに悩んだ後で退職届を出したのです。

 

 

これを読んでいただくとわかるように、

新しい仕事というよりは、まぁ、早期退職して、

ボランティアか遊んでいると思ってもらえば良いのかな。www

 

新しい遊び場へ行き始めて3日経ちました。

龍索堂は、かつて誰も受け取ってくれなかった知識と経験と夢を、

新しい遊び場にいる若い世代の人に全て託そうと思うんです。

それこそが、龍索堂にとっての新しい春なんだ。

 

新しい春の息吹に育つ未来の花を夢見ながら、

“この世界で生きたことは本当に良かった”

そう言いながら、この世界を去って行けば良いな。

な〜〜んて思っているんです。

 

20代30代40代の人には決して分からない

老人の夢か戯言と思ってもらって結構ですよ。www

 

 

でもしかし、相済みません。

この記事は毎回4、5時間掛けて書いていますので、

当分、見習いの修業者の龍索堂には、

ブログを更新する時間がありません。

 

以上の理由により、勝手ながら、

ブログは長期休暇をいただきます。

 

それでは皆様、また会う日まで、

ごきげんよう。m(__)m

 

 

■■■■■■

 

 

いつもお越しくださる方、
ときどきお越しくださる方、
お越しくださってありがとうございます。 

 

 

【今日の名曲】

 

映画「慕情」の主題歌

<Love Is A Many Splendored Thing>

カーメンキャバレロ

 

を聞きながら、

皆さまの身心の安寧と魂の進化を祈ります

龍索堂拝具

 

 

関係の玉を磨く

  • 2017.03.11 Saturday
  • 00:00

 

【先週〜今週の読書】

池田清彦先生でした。

 

 


・・・【人間関係】についての続きです。

 

先回、人間の持つ感受性の中心が5つであることを
野口晴哉先生による「体癖」の類型分類で紹介いたしました。

 

頭脳を中心にした毀誉褒貶(男性的:論理計算・イメージ)
消化器を中心にした好き嫌いの感情(女性的)
呼吸器を中心にした利害得失(肉体運動)
泌尿器を中心にした勝ち負け
生殖器
を中心にした愛憎

 

野口晴哉先生も仰っておられたように、
人の感受性と行動を細かく見ていくと、
人の顔がそれぞれ異なるほど多くの違いがあるのですが、
それでも、大きく分けた「体癖」分類は有効です。


自分の苦手な相手が、どういう感受性を中心にして

思考と運動を行っているのかが分かれば、
相手との関係は、意外に簡単に進めることができます。

なぜなら、相手が共感する言葉と態度を使えば良いのです。

 

それでも、相手が共感する言葉と態度を使うのが嫌なら、

その関係を終わりにすれば良いんです。

誰でもそうですが、苦手な相手が好む事を行うのは、

自分にとって、とても嫌なことなのです。www

 

 * * *

 

じつは、先々回記した、
関係の輪を閉じる、関係の輪を修復する、
 その意味するところは、

【自分の世界の中にある人間関係を調和に導く】

なんです。

でも、言うのは簡単ですが、実行はとても難しい。

 

この場合の世界とは、もちろん自分の世界です。
自分以外にどこか別のところに世界があるのではないんです。
自分だけが世界そのものなんです。


だって、目を閉じれば、耳を塞げば、

世界は無くなってしまうから。www

 

人間関係の輪を開く

人間関係の輪を維持する

人間関係の輪を修復する

人間関係の輪を閉じる

 

人間は生まれてからこの世界を去るその日まで、
一生をかけてこの作業を繰り返します。

 

では、なぜ人間関係の形を輪というのか?

前々回は便宜上、2次元的に輪と言いましたが、

実は人間関係は3次元の球形なんです。

 

人間関係の形は、直線ではありません。

地球上に直線というモノはないんです。
限りなく直線に近いものはあるけれども、
地球の重力や磁力、月の引力や太陽風などによって、
必ずどこかを歪められます。

つまり人間が直線と思っているだけなんです。
また、同じ理由によって、真円もありえない。
地球が歪んでいるように、
人間を形づくっている細胞が扁平的球体なのと同じように。

 

 

 

人間関係が3次元の球形であることは、

最近ならば、ドランヴァロ・メルキゼデクのトーラス、
古くは、古代中国の気功法である大周天、小周天が有名です。

 

しかし普通、人間の五感では、

自分が太陽や月のような球体だとは認識できないのです。

なぜなら、人間は2個の目、耳、鼻を使って、
脳内で3次元的に変換しているけれども、
それは2次元の絵で見る遠近法と同じです。

つまりは、2点だけでは、

どこまで想像を膨らませても平面的なんです。


この2次元の平面に、どれほど立体感を表せるかを
極限まで追求したのが江戸時代の有名な絵師、伊藤若冲です。
若冲が描いた対象物は、どこにでもありふれた身近な物でも、
それを描いた彼の視点が、常人と違って素晴らしい。

 

【群鶏図(伊藤若冲)の秘密】

 

日本における遠近法絵画の歴史

 

龍索堂は絵画が好きですが、
う〜ん、やっぱり、幾何学は苦手です。www

 

 

 

人間関係を表した球形図です

(1)関係がない

(2)関係が少しある

(3)関係が多くある

(4)関係が深い

 

人と人の間には、離れていると目には見えないけれど、

関係性という名で私たちが呼んでいるモノがあるんです。

青と赤の間にある黄色い部分がそうです。

 

間という漢字そのものが丸い事を表している。

漢字の製作者たちの観察には驚きますね。

 

“間” の漢字の由来

 

というと、「人間関係が直線ではいけないのか?」と思われます。

 

人間同士の関係が、直線的な交流に近い状態を指して

【対冲たいちゅう】と言います。

対冲とは東洋運命学の用語で、相剋し合う関係を言います。
現代風に言えば、【相対そうたい・あいたい】です。

相剋とは、敵と対峙する関係を表していて、この直線的な関係は最悪です。

 

仲の良い恋人どうしは、真正面で向かい合うことはないんです。
街でみかける恋人たちを観察してください。
必ず並んで同じ方向(未来)を見ているか、
目の前で向かい合う時でも、かならず少しだけ角度を逸らしている。


もし、真正面で向い見つめ合っている状態ならば、
強く長く見つめる方が、相手を支配しようとしています。

 

 

草食動物も同じで、真正面に相対するのは、

自分を襲ってくる肉食動物の敵です。
だから逃げ去るか、逃げ場がない時には命がけで向かって行きます。

 

たとえ相手がおとなしくても弱くても、

逃げ場がない状況まで追い詰めてはいけません。

 

高校生の龍索堂は、乗馬を習いはじめたとき、先輩に教わったんです。
「馬の前に立つんじゃないぞ、向かってくるから」と。
疑り深い私は、先輩が目を離した隙に

繋がれている馬の前に立ったんです。
そしたら馬が、本当に真正面にいる自分に勢いよく向かってきた。www

 

 

目上の人から怒られる時、人間は相対しています。

 

他人に褒められる時、褒める人は褒められる人から、
少し下がっているか、角度を持っているか、
あるいは腰を低くします。

 

このように、人間関係の形は、真正面の直線的ではいけません。
それでは、かならず相手の不興を買うのです。

 

このように、人間の持つ本能には、
安全と危険な角度があるということを
ビジネスマナーでも教わります。


最近は、百貨店の売り子さんや、

ファストフードチェーンのアルバイトが、
日本式の礼法を知らない若い講師から、
韓国式おじぎ(コンス)をさせられています。

(カワイソウニ)
「左右に<肘を張る>」という姿勢は、

狭い島国日本の立礼(お辞儀)ではありません。
日本人のお辞儀は、男性ならば手は膝の左右に、女性は膝の前に付けます。
ですから日本の社会人としてこれを行うと、

恥をかくので忘れた方が良いでしょうwww


 * * *

 

話が逸れました。人間関係の話でしたね。www


【解は身の内にある】

自分の答えが、拙い思い込みであっても、また間違いであっても、
答えはいつも自分の中にあります。

 

それがその時の自分の答えなんです。
そして、人生の目的も意味もまた同じです。

 

 

実を言えば、龍索堂は、この歳になっても、

まだその解を見つけていないんです。
本当は人生の目的と意味を、うすうす気づいていて、
その解を認めたくないだけなのかも知れませんwww

 

もし、龍索堂の心の奥にある願望を、

何が何でも果たそうと思ったら、

たぶん、家族を捨て去ることになるから。

 

だから、今いる環境の中では、

特別に何か言いたいことはない。

特別に何か行いたいことはない。

そんな人生があっても良いのかな、とも思うんです。

 


【解は身の内にある】
 人間関係の要点もこれに尽きると思うんです。


他人との関わりの中で、
どれほど相手が自分について親身になってくれても、
人生にレールを敷いて、その上を歩くのは自分です。

 

実際には、過去の自分の思考と運動によって、

(業カルマのこと)自分が生まれた時、

国、地域、両親や家族環境という社会という名の人生のレールは

すでに敷いてあります。

しかしレールの行く先を、途中で別の方向へ分岐させることは可能です。

<これだけが、自分にとっての自由裁量なんです>

 

他人の言うことに耳を傾けるのは良いですが、
自分の人生のレールを分岐させるかどうか、
その決定すらも、他人任せにしてはいけません。

いつも必ず自分で決断する。
そしてその結果、泣いても笑っても自分が潔く責任を取る。

そういう決意が欠かせません。

 

そう言う龍索堂だって、
今以上に楽して儲かる人生もあったんです。

(但し、家族や多くの部下に泣いてもらわなければならなかった)

 

けれども、何度もあった人生の分岐点で悩んだとき、
『自分の心はどちらの道を進んだら満足するか』
を基準にして生きて来ました。


その結果については、過去に何度も、
そして今でも反省することはあるけれど、
決して後悔はしていないんです。

 

自分が辛い思いを感じるのは良しとしよう。

自分が悩むことも良しとしよう。

とても辛いことだけれど。

それよりも、自分以外の人に、

望んで辛い思いをさせたり、

悩ませるのはやめよう。

 

望まずに他人を泣かせたのと、

望んで他人を泣かせたのでは、

天地ほどの違いがあることを、

人間関係で悩み苦しんでいる人は忘れてはいけません。

 

ともすれば、怒りと破壊のエネルギーを

自分以外のすべての人に、

ぶつけてしまいそうになるけれども。

そこで、なんとか耐えて、堪えて、留まりましょう。

 

龍索堂の祖先たちのように、

家族や多くの他人を泣かせたのなら、必ず多くの恨みを得て、

自分と同じ血を分けた親族や子孫たちが、

辛い思いと悩みを抱えたまま、一生を苦しんで過ごす。

そして間違いなく零落して行くからです。

 

 

そう遠くない先の日に、
この世界のドアを永遠に閉じる時、
『龍索堂は満足した』
と笑うのが最良だと思うんですが。www

 

人間関係の玉を開く
人間関係の玉を維持する
人間関係の玉を修復する

人間関係の玉を閉じる

 

自分が身の内に持っている玉と、

縁あって出会う人との間にある玉を磨くこと。

これこそが、誰もが行っている人生のテーマなんですね。

 

方法は・・・もちろんですが、千差万別ですよ。

だって、個人のテーマはその人にしか

絶対に分からないんですからね。www

 

 

【今日の格言】

解は身の内にある

他人から与えられたテーマを、

自分の心の内からの発露と思い込んではいけません。

 

 

※最近、いろいろな出来事があって、少し落ち込んでいますので、

記事の投稿はしばらくお休みしようと思います。

 

 


いつもお越しくださる方、
ときどきお越しくださる方、
お越しくださってありがとうございます。


【今日の名曲】
 「ベートーヴェン交響曲第7番」を聞きながら、
 皆さまの身心の安寧と意識の進化を祈ります
 龍索堂拝具

 

 

関係の球を磨く

  • 2017.03.09 Thursday
  • 00:00

 

 

【先週の読書】

武田邦彦先生でした。

 

 

 

 * * *

 

皆さまは息災でお過ごしでしょうか。

龍索堂夫妻は、大地と日月星辰の加護をいただいて、

毎日気楽に過ごしています。(^^)v

 

 

前回の「関係の輪を閉じる」の記事には、
いつも以上に多くの人が、アクセスしてくださいました。
ですから、【人間関係】について、もう少し話を続けます。

 

この記事を読んでくださっているみなさんは、たぶん立派な社会人なんでしょう。
あるいは、立派な社会人をめざしているのかもしれません。
そうでなければ、こんな面倒なタイトルをクリックしようとは思わないからwww

 

お金持ちでも、貧しい人も、
高い教育を受けた人も、そうでない人も、
誰もがみんな悩んでいることが、人間関係です。

 

「人間関係が上手く行かずに悩んでいる人ばかり」
 と言っても過言ではありません。

 

「人間関係?そんなの自分には関係ないね」

と言える人がいるのなら、
その人はどういう業界にいたとしても、
 「(人間観察における)達人」と呼ばれているはずでしょう。

 

組織のトップ、独裁者であっても、

部下や家族との人間関係で悩んでいるんです。

(本当ですよ)www

 

もちろん龍索堂も達人の域には至っていないので、
人間関係が上手く行かず悩むことが多々あるんです。

 

なぜなら、私は「希望という名の病気」と

「妄想という名の病気」を合わせ持っているから。www

そして、いつもいつも、希望や妄想と現実との乖離に悩んでいる。

 

 

私たち人間は、脳内で悩みを創造しています。

目の前に悩みそのものを取り出すことはできない。

 

 

会意兼形声文字です(忄(心)+巛+囟)。

「心臓」の象形と「あたま」の意味。

「髪の象形と乳児の頭蓋骨(大泉門:ラムダ縫合が閉じていない)の象形」から、

心や頭にかかわるもの、すなわち、「なやみ」、「なやむ」を意味する「悩」という漢字が成り立ちました。

 

↑漢字を作った人は、母乳が欲しくて

泣いている状況の赤子を「悩んでいる」と思って文字を作ったのでしょうね。

案外、この例えは正しいのかもしれません。

なぜなら、私たちの持つ「悩み」とは、

欲しい物を求めて得られない不満な状態だから。

漢字を作った人たちは、観察が深かったな、と思うんです。www

 

 

遠くにある夢、叶えたい夢、叶えられない夢を見る時、
遠大な計画、難しい計画を抱えている時、
人は悩みます。

 

未来の夢や計画と現実の間には、もともと何もないんですが、
その間にいて、不安を作り出して悩んでいます。

植物や昆虫や野生動物のように、

本能の命令だけに従って生きていて、

脳に悩みを持たない人は、

食べること、住むところ、で困ることはあっても、
人間関係を上手くやろうと思って悩むことはありません。

 

 

さて、悩みについては、いったいどうしたら良いのでしょう。
 

じつはこれ、とても簡単なんです。

左脳での計算と右脳での想像を止めれば良いんです。
 

禅門の僧侶が、よく言います。
「明日を思い煩うな」

「過去にしがみつくな」
「今を生きなさい」

 

これをかみ砕いて言うと、
右脳と左脳の活動を止めれば、妄想や計画を思い浮かばず、
夢や計画と、人間関係や現実との乖離で悩まずに済む。
だから、今、やるべき事だけに集中しなさい。
ということです。

 

でも、私たちは世俗との関係を断った僧侶ではありません。

人と人の間で、より良い関係を維持しながら
生きて行かなければならないんです。

 

龍索堂が、人間関係で有効だと思っているのは、

以前からなんども記しています「体癖」です。

 

【 体癖 】

 

【身体気法会】

 

 

------------------------

体 癖   感受性の中心
 上下型  毀誉褒貶・頭脳
 左右型   好き嫌いの感情・消化器
 前後型   利害得失・呼吸器
 捻れ型   勝ち負け・泌尿器
 開閉型   愛憎・生殖器
 遅速型 

------------------------

 

むかし、心理学や運命学を学んだ龍索堂でしたが、
この野口晴哉先生の体癖分類ほど、
現実の人間関係で役に立った物は他にありませんでした。
だって、話をしないで少し観察するだけで、
相手がどういう人なのか、だいたい分かるんですから。
但し、これを使えるようになるまで1年半ほどかかりましたがwww

 

 

 * * *

 

人間が人間を教えるときの指導者は、

教える人の特性について知らなければなりません。
 

そして、類型分類を知らない指導者に教わった場合、
残念ですが、望むところには到れない事が多いのです。
なぜかといえば、その時々の気分によって、
指導内容や指導方法が異なってしまうから。

 

選手時代にどれほど素晴らしい成績を残しても、
教育法、指導方法を教わっていない人は、
指導者・コーチになることができないんです。

 

むしろ優秀なスタープレーヤーほど、
人間関係がうまく構築できない人が多い。

 

そういう人は、他人の指導より、
自分の技術を磨くことで精一杯だったのでしょう。

 

自分がどういう感受性を中心に生きているのか?
他人がどういう感受性を中心に生きているのか?

これが理解できれば、相手との関係は、考えることなく分かるんです。
そして、悩むことは少ない。

 

 

 * * *

 

孫子は古代中国で王や将軍の生き方を記した「兵法書」ですが、

これは人間関係でも同じように使えるんです。

 

『孫子』謀攻篇

『孫子』謀攻篇の解説は、長尾一洋さんがとても分かりやすい。
 

彼を知り己を知れば百戦殆うからず。
彼を知らずして己を知るは一勝一負す。
彼を知らず己を知らざれば戦う毎に殆うし。

 

百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。
戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり。

 

 

私たちが、他人と良好な関係を維持しようと思うのなら、
野口晴哉先生の「体癖」でなくても良いので、

人間の類型分類方法を覚えた方が、

楽に進めることができます。

 

「体癖」について詳しく知りたい人は、

全生社の文献を買い求めて学習しましょう。

これらの文献を読めば、なんとなく人間の思考と行動とが理解できます。

 

株式会社 全生社[書籍一覧]

 

整体協会の基本的な考え方を理解するための入門書
 「健康生活の原理」     540円    1976/06/25
 「風邪の効用」     1,944円    1962/12/28
 「愉気法 1」      1,944円    1986/05/20
 「愉気法 2」      2,160円    2006/10/19


体癖総論及び各論
 「体癖 <第1巻>」    2,376円    1971/11/26
 複合体癖について
 「体癖 <第2巻>」    2,268円    1979/02/20

 


ただし、体癖を学んだとしても、
その人の感受性や骨の運動そのものが根本的に変わるわけではありません。

人間の感受性や行動パターンは、

この世界を去るまで変わらないことが多いから。

 

けれども自分や周囲の人との関係を、
どう捉えていったら良いのかが分かります。
それだけでも悩みは激減するはずです。

 

野口晴哉先生の「体癖」や、他の人間類型分類方法を覚えるのも嫌な人は、

・・・どこかの禅寺へ行って、参禅すると良いです。

www

ほんとうにそう思っているんです。

 

 

『何もしないで、良好な関係を結ぼうとしても、やっぱり難しい』

彼を知らず己を知らざれば戦う毎に殆うし。

と思うのは私だけなのかな。www

 

 

・・・・もう少し続けます。

 

 

いつもお越しくださる方、

ときどきお越しくださる方、

お越しくださってありがとうございます。

 

 

【今日の名曲】

「テレマンのアリア」

クルト・レーデル指揮、ミュンヘン・プロアルテ管弦楽団

を聞きながら、

皆さまの身心の安寧と意識の進化を祈ります

龍索堂拝具

 

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